6. エピローグ
「でもそうだな、せっかくならば……」
初代ムラカミは少し考えてにやりと笑って宣言した。
「俺とモーリの一族で『女神にとって最も面倒な願い』を言った子孫の願いを叶えてくれ」
「なんだ、そのわけの分からん願いは」
女神は眉をひそめた。
初代ムラカミは悪びれもせずに答えた。
「そうすれば、面倒なその願いが頭をよぎるたびに俺のことを思い出すだろう?」
女神は黙った。
それから嫌そうな顔をした。しかしその顔には余裕があった。
「ふん。どうせ人間の願いなぞ『セトウチを平和にしてほしい』とかそんなのが関の山だろう」
「いや、俺やモーリの一族だぞ?」
ムラカミは胸を張った。
「神の想像を絶するほど面倒臭い願いをするかもしれないぞ」
「ふん。良いだろう」
女神は軽く鼻を鳴らして了承した。
人間の願いなど大したことはない。
平和だの繁栄だの、どれもこれも似たり寄ったり。時と空間を司る女神にとっては造作もないことだ。
かくして女神は時空を遡行し、ムラカミとモーリの血族がいつか口にするであろう、もっとも面倒な願いを探し始めた。
――そして。
遡行を終えた女神は発狂した。
「ああああああああああ!!お前の血族に頭のおかしな奴がいたぞ!!」
初代ムラカミは賭けに勝ったのだ。
時と空間を司る女神にすら困難な、途方もなく面倒臭い願い。
それは遠い未来、モーリの血を引くある娘がムラカミの皇帝に嫁いで、ヒメジの城で口にする一言。
――女神はセトウチを二つにした。
しかし、強引に作った世界は常にほころびを抱えていた。
セトウチに似せて作った世界『地球』と、そこに生まれた『瀬戸内』。この世界は放っておけばやがて消滅しようとする。
それを防ぐために女神はセトウチでの意識を切り、二つの世界を繋ぎ留める役割を担うことになった。
強い執念を持つ魂を見つけては、セトウチから瀬戸内へと転生させる。二つの世界の糸を紡ぎ続ける終わりのない仕事だ。
けれども歴史上の重要な人物が瀬戸内に渡って名を上げれば、今度は二つの世界が一つにまとまろうとしてしまう。
だから女神は慎重に魂を選んだ。
歴史を変えすぎないように。転生者がその地に名を残さないように。
それでいてセトウチの概念だけは確かに広めてくれるような、珍妙でしぶとくて、狂気じみた情熱を持つ魂を。
そんな魂ばかりを、女神は送り続ける。
そして眠り続ける女神の髪を、初代ムラカミは穏やかに撫でる。
――だが。
ときにはムラカミも好きな人と話したくなる時があった。
そんなとき、彼は女神の大好きなお酒をイツクシマ神殿に持ち込むのだ。
嬉しそうに女神がお酒を飲むその間だけ世界を繋ぐ糸は緩み、ほころびは広がる。
セトウチの英傑たちが、その隙間から『瀬戸内』に流れ込むこともあるだろう。
例えば恐ろしい魔王とか……まあ何人かは渡っているのかもしれない。
やがて初代ムラカミがいなくなり、どんな願いを女神が叶えたかも正確に伝わらなくなる。
面倒臭い願い?窮地に瀕した時の願い?
女神だから――美しい心で願った祈り?
そうやってうろ覚えになっても、次代のムラカミたちは変わらずイツクシマ神殿に参拝した。お酒を携えて。
そして女神は眠り続ける。
二つの世界を繋ぎ留めるために。
面倒臭い願いを叶えた代償として。
……。
…………。
「ムラカミ…………次に来る時も、お酒………持って、きて…………Zzz」
陛下ったら、ウニをほうれん草に乗せるだなんて下品で侮辱で最高です! 完




