3. 大抵の人は遺書を書き始める
ねえ、そもそも夕飯で人を試すなんてどうかと思うんですよ。
ご飯って皆でおいしく食べるのが良くないですか?
お料理だっておいしく食べてもらうために作られているのに……。
確かに強面不便皇帝様はあまりの恐ろしさに肩ひじ張らず食事を一緒に楽しめる人が少ないのかもしれませんけれど。
……考えてみればあの顔で「一緒に飯を食おう」と誘われたら大抵の人は遺書を書き始めるだろう。
食事に誘うたびに相手が泣くのだとしたらそれはそれで気の毒な話だ。
――私も遺書を書くべきだろうか?
私は案内された広い部屋で一人、熊のようにぐるぐると徘徊しながら落ち着かない時間を過ごした。
いっそ殺すならば潔く殺して……。
「姫様。夕食の時間となりました。今日は歓待の宴をご用意しております。こちらへどうぞ」
優しい船員だった人がにこやかな死刑執行人になって私を案内しに来た。
うそですうそです潔く殺してだなんて本当は世界一の長寿になるほど生きたいんですよやだなー。
しかしここで歓待の宴を蹴って引きこもると、もっと疑いの目で見られるだろう。
食事もせずにこの部屋に閉じこもっていたら、いずれ皇帝が直接乗り込んでくるだろう。そっちの方がよほど恐ろしい。
私は重い腰を上げながら「ありがとうございます」と船員さんの案内に従った。
……ていうかこの人も皇帝に近づくにつれて無言になるのを止めてくれないかな。
案内された広大な食堂。私は妃として皇帝の横で食事をすることになる。
謁見の間ではそれなりの距離があった。だが今は皇帝が手を伸ばせば届く場所にいる。
つまりは私が皇帝の機嫌を損なえば一瞬で切り捨てられる。
食器が置かれる音。
きしむ床板。
侍従の声。
思考が跳ね回りがちな私もこの緊張には勝てなかった。
何も考えられない。
隣にいるだけで息ができない。
さっきまで遺書がどうとかカキがどうとか考えていた自分はどこへ行ったのだろう。
そして食事が運ばれてきたとき。
私の目がそのあり得ない料理に釘付けになった。
「一皿目――ウニホーレンでございます」
うに……ほーれん?
目の前に出された皿。
そこには庶民が一生食べられない最高級食材『ウニ』が山のように盛られている。
そんな高級食材を前に気後れしてしまうか?
いや、そうはならない。
この料理には不思議と親しみを覚えてしまう理由があった。
ウニの下には庶民に親しまれる雑草――ほうれん草がバターで炒められて敷き詰めてあるのだ。
漂う磯の香に溶け込むバターの優しい香ばしさ。
口の中で唾が制御不能なほど溢れ出てくる。
――だめだ!ここで生唾を飲み込んだら奴の思うつぼ!
生唾を飲んだら『高級食材もろくに食べたことのない人間』と知らせることになる。
貴族としても品位が疑われる。まして私の立場であれば影武者だとバレてしまう!
これは罠なのだ!
この時私は察した。
相手の食欲という本能を刺激して本性を引きずり出す。
『食事で相手を試す』という、この策略の恐ろしさを。
ハッと意識が現実に戻ったとき、隣では皇帝がこちらを静かに見ていた。
何か、何かを言うのよツユ!
このまま沈黙していると不審に思われる!!
姫らしい言葉。
高貴な態度。
あのサヌキ国の姫だったら、この料理を前に何というか。
私は死にもの狂いで言葉を紡ぎ、口に溜まった唾をまき散らしながら言ったのだ。
「――庶民の雑草に高級食材を乗せるなど……。こんな下品な食べ合わせなど高貴な私への侮辱です!」
切りも切ったり、大見得を。
歓待に出された食事に対して吐く言葉としては、これはこれで無礼と言える。
「……くっ」
しかし皇帝ムラカミはそんな私に対して面白そうに笑ったのだった。
「くはははは!やはりそこらの女とは違う!俺とやり合うだけの胆力を持っている!」
愉快そうに笑ったムラカミは手を叩いて侍従に合図を送った。
「いやすまない。この料理に大事な要素を料理人がすっかり忘れていたようだ」
そう言って運ばれてきたのは、香ばしく小麦を焼き上げた細長い食材であった。
「これは異国で小麦を焼いて作る食材『バゲット』だ。ウニホーレンはこのバゲットに乗せることで完成するのだ」
そう言って皇帝はウニとほうれん草をバゲットに乗せてかじりついた。
バゲットはカリカリに焼いてあるらしく、ボリボリと小気味よい音がする。
「ムラカミの海、民草、コムギ。すべてが揃った。心からの歓待の料理だ。ぜひ召し上がってくれ」
そこまで言われると、もはや断ることはできない。
いや、そもそも断らずとも食べたい。
死ぬほど食べたい。
罠だったとしても、もう我慢できない。
「そこまで言うのなら」
私はバゲットの上にほうれん草とウニを乗せてかじる。
……おいしい。
おいしいなんてものではない。
カリカリのバゲットの上でウニが溶け、ほうれん草のバターと塩味がそれを優しく受け止める。
口の中でセトウチの海と大地が手を繋いでいる。
あまりの感動に涙が溢れ、今にも零れ落ちそうだ。
だがここで庶民丸出しの顔をして涙を流したら影武者だとバレる!
私は必死に姫としての顔を繕った。
「……下品な食べ物ですが、歓待の心は受け取りましたわ!」
気づけば二つ目に手が伸びていた私を見て、ムラカミは満足そうに頷いて言う。
「お前は胆力を見せつけた。コムギよ、改めて妃として歓迎しよう」
こうして無事にムラカミに気に入られた私は、正式に帝国の妃となった。
――あとで思えば、私の反応は姫を真似たとしてもやりすぎていた。
姫であっても歓待に出された食事なら多少気に食わなくても「ありがとう」と食したことだろう。
しかしこの大見得が、私の人生を思いもよらない方向へと転がしていくことになるのであった。




