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陛下ったら、ウニをほうれん草に乗せるだなんて下品で侮辱で最高です!  作者: ぜんだ 夕里
第6章 ヒメジ城編

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1. 土下座する練習ですか?


 魔王軍の陣を潜り抜けて敵の船団をかわし、大立ち回りの末にたどり着く――そんな命がけの展開を覚悟していたのだが……。


 コバヤカワの隠密能力と事前の調査が優秀すぎた。

 魔王軍の哨戒船の位置を完璧に把握し、その隙間を縫うように高速艇を走らせる。

 そして暗がりに紛れて港に接岸し、城下町の人混みに溶け込んだ。


 怪しまれることなく魔王の城下まで来てしまったのだ。


 さすが諜報部隊。

 やっぱり今のうちに仲良くしておかないと。……いや魔王城への旅路を共にするコバヤカワは、もはや私の親友と言っていいだろう!


「さて、ここからどうしましょうか、姫様?」


 城下町の宿でヨシカワが聞いてくる。

 窓から城下町を眺めると意外なことに荒れた様子は見当たらず、市場には人が行き交っている。

 魔王軍は圧倒的な電撃戦でヒメジを落としたらしく、城下の民の暮らしには手を出さなかったようだ。

 

 トミヒデ。

 内政官上がりの魔王。

 城を落とした後の統治まで考えている男なのだろう。なるほど確かにただ者ではない。


「まずは姉がどこにいるのかを見極めるのが重要ですね」


 私はそう言って、コバヤカワの方を見やった。


「さすがに城の中まで侵入するのは簡単ではない」


 コバヤカワは相変わらずの低い声で淡々と言う。

 この最強諜報員をもってしても城内への侵入は容易ではないということか。魔王の城の警備は伊達ではないらしい。


「城の中が大変なことになって、隙があれば侵入できますか?」


 私がそう聞くと、コバヤカワが一瞬目を瞬かせた。

 この人が驚いた顔をするのを見たのは初めてかもしれない。

 しかしすぐに表情を戻すと、こくりと頷いた。


「どうするつもりですか、姫様?」


 嫌な予感がするとでも言いたげな顔のヨシカワに向かって、胸を張って言い放った。


「私がモーリの末裔を名乗って、正面から城に入ります!」


 二人の顔が同時に強張ったが構わず続ける。


「魔王軍はモーリの長女を人質にしているのでしょう?そこにモーリの別の娘が名乗りを上げたら、城の中は大騒ぎになるはず!」


 そうなればコバヤカワが混乱に乗じて姉を探し出し、救い出す。

 その間に私も機を見て城から抜け出す。


 完璧な作戦だ!……と思ったのだが。


 ヨシカワとコバヤカワはそろって頭を抱えてしまった。


「その案には賛同しかねる」

「そんな子供が考えたみたいな作戦、上手くいくわけないじゃないですか」


 なんだなんだ、二人してあんまりな言いぐさじゃないのか!?


「まずはヒメジ城の情報を探ってみる」


 むくれる私をよそに、コバヤカワはそう言って音もなく消えていった。

 いつもながら見事な消え方だ。もはや驚きもしなくなった自分がちょっと怖い。



 それからコバヤカワが調査をしている間、私とヨシカワは宿で大人しく過ごすことになった。

 あまり城下に出ると目立ってしまうかもしれない。

 やることがない。実質軟禁状態だ。


 これから魔王トミヒデとの対決があるというのに、こんなことでいいのだろうか。宿の天井を眺めてぼーっとしている場合ではない。

 少しでも有意義なことをすべきなのでは?


 そう思った私は少しでも戦力になるべく、鍛錬を始めた!


 腹筋!

 腕立て!


 そうやってめりめりと体を鍛えていく私に、ヨシカワが相変わらず呆れた顔で声をかけてくる。


「何を膝をついて頭を下げているのですか?魔王に土下座する練習ですか?」

「少しでも武力を上げるべく鍛錬しているのです!」

「逆効果ですよ。ヒメジ城に行くことになった時に疲れて倒れるのがオチです」


 そう言ってヨシカワは「どうぞ」と目の前に茶を置いて半ば強引に私を座らせると、とりとめのない話を始めてくる。


 アズキアイランドで勝麺に合う醤油を開発しようとしているらしいとか。

 ナオアイランドで描いた肖像画、あれ本当に諸侯に配るんですか描き直しませんかとか。

 

 何を言ってるんだこいつ。こんな時にそんな話をされても。


 ……と思ったのだが、ふと気づいた。

 お茶を飲みながらくだらない話を聞いているうちに、握りしめていた拳がいつの間にか緩んでいることに。

 ヨシカワは私の緊張をほぐそうとしてくれていたのだ。


 ――口は悪いけど、なんだかんだいいやつなんだよね。


 ヨシカワの好感度が少しだけ回復した。


 しかし、そんな穏やかな潜伏生活を続けていた三日目の昼のこと。

 状況がこちらの意図しない方向に動き出すことになる。



 ◇



 突然、宿の入り口の戸が叩かれた。


 私とヨシカワは同時に体を強張らせる。

 コバヤカワは戸を叩くような男ではない。音もなく現れて音もなく消える。そして我々を知る人間はヒメジにいないはずだった。



「帝国の方々ですね?トミヒデ様より、城へご案内するように申し付かっております」



 ――戸越しに聞こえた声に背筋が凍った。


 とっさに私の前に出たヨシカワと目が合う。

 ヨシカワの手は腰の剣にかかっていた。いつもは飄々としている男だがこういう時の判断は早い。


 ……ここに来てからまだ三日。

 コバヤカワの隠密行動は完璧だったはずだ。宿の出入りにも細心の注意を払っていた。それなのにこんな短時間で潜伏を見抜かれるとは。


 魔王トミヒデ。

 やはりただ者ではない。


「行くしかないでしょう」


 私が言うと、ヨシカワがため息をついた。


「確かに、すぐに襲ってこなかったということは向こうも対話をしたいということでしょう」


 そう言って、ヨシカワは剣に添えていた手を静かに離した。



 伝令らしき男に案内されて城へ向かう道すがら。

 城下町の大通りを歩いていると不意に声がした。


「潜入場所が見つかったのか」


 ……跳び上がりそうなほど驚いた。

 コバヤカワの声だ。しかし姿が見えない。

 周囲を見回しても人混みと建物があるだけで、あの黒装束はどこにもいなかった。


 いったいどこから話しかけているの……?


「はい。見つかりました」


 私は努めて口を動かさずに小声で返事をする。

 ちらりとヨシカワを見たが何も聞こえていない様子で普通に歩いている。


 ……どういう仕組みなの?

 こんな技術、あきらかに人知を超えている。コバヤカワが異常なのか、諜報員とはこういうものなのか……?


「どうする?」


 どうすると聞かれても。

 予定は完全に狂った。こちらから仕掛けるはずが向こうに先手を取られてしまった。

 ――でも考えてみればやることは変わらないのでは?


「ちょっと予定は狂いましたが、私が提案した案で行きましょう」


 前を向いたまま唇だけを動かして伝える。


「私が城の中で暴れます。その間に姉の居場所を探してください」


 一瞬の間があった。


「……分かった」


 コバヤカワの返事が聞こえた。声の調子は相変わらず低く淡々としていたが、今度は「賛同しかねる」とは言われなかった。

 こうしてなし崩し的に「子供が考えたみたいだと言われた作戦」を実行することになったのだ。



 ◇



 魔王の居城――ヒメジ城。

 高台にそびえる漆黒の天守は遠くからでも圧倒的な威圧感を放っていたが、しかしこの城で最も目を引いたのは天守ではなく石垣の方だった。


 石材が一つとして同じ形をしていない。

 大小さまざまな石がまるで無造作に放り投げられたかのように積み上げられているが、そんな石の上に建てられた城は不思議と水平を保ち、微塵も傾いていない。

 一見すると乱雑に見えるこの石垣は実は恐ろしく計算されている。この城を築いた人間は間違いなく一流だ。


 そんな石垣を横目に城門をくぐる。

 伝令の男が先導し、私とヨシカワが続く。


 敵地の中枢に足を踏み入れているというのに、不思議と私の心は凪いでいた。


 ――覚悟はここに来る前に決めてきた。

 あの日、皇帝の口をふさいで宣言したのだ。

 相手が魔王になるだけ、と。


 いつも私は相手が何者であろうと、正面切って大見得を切ってきた。

 強面の皇帝でも。女神でも。錬金城の成金城主でも。


 私にあるのは度胸だけ。

 今回も同じように、魔王を相手にまっすぐぶつかるだけのことだ。



 扉が開かれた応接室には、男が一人先に座っていた。


 あれがトミヒデか。

 ……思っていたのと違った。小柄な男だ。


 皇帝のように凍てつくほどの威圧感があるわけでも、錬金城主のようにキンキラに着飾っているわけでもない。


 そんな普通に見える男が、ただ淡々と何かを食べている。


 あれは……おでん?


「ようこそ、モーリの末裔。魔王とはいつでも勇気ある者――勇者に対して門戸を開いているものだ」


 そう言いながら、トミヒデは熱そうに大根を齧った。

 はふはふと息を吐きながら大根を噛んでいる姿は、正直なところ恐ろしい魔王には見えない。


「まあ座れよ。一緒におでんでも食おうぜ」


 まるで友人に声をかけるような気軽さだった。


 こんな状況でいきなりおでんを勧めてくるとは、どういうこと?


 ……いやそれよりも。


 今、この男は私を「モーリの末裔」と呼ばなかったか?

 まだ名乗ってすらいないのに。


 そんな疑問を抱えたまま、私はトミヒデの正面に腰かけた。

 後ろにヨシカワが無言で控える。


 ふと、トミヒデの隣に黙って俯く女性が座っていることに気づいた。

 この人は誰だろう?


「モーリはこっそり子を隠したらしいからな。戦い慣れぬ者がわざわざ城下に潜り込んで来たのなら、そいつはモーリの末裔だろう。そして、すんなり城下に身を潜めたなら間者も一緒に来ているだろう。だからお前の姉――ネネは攫われんよう、ここに同席させた」


 私の数々の疑問に対して、トミヒデは私が問う前に答えてきた。

 そして何事もないかのように、淡々とおでんを食べ続けていた。

 全てがお見通しだったと誇るでもなく、ただ熱い大根を齧りながらこちらの三手先を読んでいた。


 内政官から魔王にまで上り詰めた男。

 私は素直に感心していた。


 ――なるほど、この男は本物だ。



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― 新着の感想 ―
魔王ってことは魔族で人間じゃなくて異種族ってことです?
ふぇ〜、さすが油断ならん! けど、ネネとな? 人タラシだったという史実のネズミに、たらし込まれてはないよな? とりあえずは姉の顔は知った事だけでも、今は良しと言う事にしておいた方が良いのかも?
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