1. それはそれとして
「帝国に来てから、船旅も慣れたものですねぇ」
帝城に着いて私は盛大に伸びをした。
ナオアイランドにいたのはたったの数日だったが、病気の冬瓜に始まり、錬金城主に啖呵を切り、画家の家で石像に囲まれて眠り、連続錬金法を生み出し、そして盛大に恥をかいた。
密度が濃すぎる。
数日間のはずなのに三ヶ月ぐらい島にいた気分だ。
城の廊下が久しぶりに感じるほどに懐かしい。
それにしても肖像画も無事に描いてもらえてよかった。
誰だか分からない抽象的な肖像画――って、冷静に考えるとこれを肖像画と呼んでいいのかは謎だけれど……。
この写しを諸侯に配れば「こんな顔の妃がいるのか」と納得してもらえるかな?
納得はしてもらえなくても、これが本物のコムギ姫なのか影武者なのかを分かる人間はいないだろう。というか冷静に見ると、この絵は人であるかも怪しい出来だ。
まあ、コムギ姫と顔が違うことがバレる心配も一気に減ったことに変わりはない。
嬉しいな~。
久しぶりに心が軽い。
「ところで、コムギ」
「なんですか~?」
いつしか慣れてしまった城に帰ってきて完全に気の抜けた返事をした、まさにその時だった。
「お前、サヌキでは侍女でもやっていたのか?」
「な、なななななにをおっしゃる!???」
心臓が止まるかと思った。
え、なんで???
なんか侍女っぽいことした???
侍女っぽいことってそもそも何???
心当たりはあるような、ないような……。
いや待て冷静になれ。
思い返すと、この城に来てからウニホーレンによだれを垂らして、アズキアイランドでは島民を焚きつけて勝麺を生み出し、ナオアイランドでは錬金術師の働き方を改革し……。
我ながらめちゃくちゃなことしかしてないかも!?
姫らしいことを一つもしていない気がする!
いかん!
お姫様らしく、お姫様らしく……!
「あああら何をおっしゃりますの皇帝陛下ったらワタクシのことを侍女だなどと無礼じゃありませんことかしら!???」
ぶふぁああっと皇帝が吹き出した。
何か変だった!?
大丈夫。
今の私はお姫様。お姫様……!!
影武者バレからの処刑。
その最悪の未来が頭をよぎり、私は完全に動揺していた。
冷や汗が背中を伝い、顔面は蒼白であったろう。
そんな私に、皇帝は少し優しげに声をかけてくる。
「ああ、すまない。まさかそこまで動揺するとは思わなかった。とりあえず応接室に来てくれ」
皇帝の後ろを応接室に向かって歩く私の心臓は、もうはちきれんばかりだった。
ああ、ついにこの時が来たのか。
やっぱりコムギ姫様と私じゃ違いすぎるのよ。
そばかす顔の痩せた侍女がなんで巨躯の姫の影武者になれると思ったの。ていうかそもそもなんで影武者なんて立てようと思ったのあの耄碌じじい!
処刑されたら末代まで呪ってやるからな!
城の廊下がこんなに長く感じたことはない。
さっきまで懐かしいと思っていた廊下が、今は処刑場に続く回廊にしか見えなかった。
無限とも思える時間を歩き、応接室の扉が開いた。
そこには。
先ほどまで頭に浮かんでいた人間が、椅子にどっしりと座っていた。
「国お……とうさま!」
大丈夫!ギリギリバレてない!
そこに座っていたのは、サヌキ王その人であった。
あの厳冬を思わせる耄碌じじいがなぜかムラカミ帝国の応接室にいる。
――え、なんでいるの?
私は皇帝の隣に座り、向かいのサヌキ王と対峙する形になっていた。
完全に混乱している。
なぜ皇帝は「侍女か」と聞いてきたのか。
なぜサヌキ王がここにいるのか。
なぜ私が皇帝と並んでサヌキ王と向かい合っているのか。
何一つ分からない。
そんな私の混乱をよそに、皇帝は口を開いた。
「この娘、モーリの血筋か」
モーリ。
その名前には聞き覚えがあった。
昔、セトウチを六代魔王オダノブの手から守っていたと聞く伝説の武将の名が確かモーリではなかったか。
海のムラカミ、陸のモーリ。セトウチの二大守護者。
それが私と何の関係があるのだ。
サヌキ王は表情を変えなかった。
「何をおっしゃる。我が娘に変な嫌疑をかけないでくだされ」
「とぼけるなタヌキじじい。少なくともお前の実の娘ではないだろう」
「仮にそうだとしても、モーリの血筋は公にしてはならないものです。違いますか?」
皇帝とサヌキ王が睨み合っている。
応接室の空気が重い。
セトウチの歴史に関わる何かが、今この部屋で交わされようとしている!
――が、しかし。
「あの……これは一体どういうことですか?」
私は、そんな重苦しい空気を盛大にぶった切ってやった。
……だって分からないんだもの。
◇
「かつて、モーリの防御を崩すためにオダノブが選んだ方法は暗殺であった」
皇帝は語り始めた。
陸の鉄壁と称されたモーリ。正面からでは崩せないと悟った魔王は卑劣な手段に出た。
モーリの子を狙ったのだ。
長女は行方不明。長男は死亡が確認された。モーリの次代を潰すことでセトウチの陸の守りを永久に消し去ろうとしたのだ。
「モーリは最後の力を振り絞り、自身の子の名を変え、こっそりと各所に引き継いでもらった」
戦に巻き込まれて死んでいく我が子を、これ以上見ていられなかったのだ。
モーリの名が潰えようとも、なんとしても自分の子だけは生き延びさせたかった。
親として、当然のことだ。
「そしてモーリが各所に散らばらせた娘の一人が――お前だと考えた」
皇帝が私を見た。
え……?
皇帝が変なことを言っている。
私がモーリの姫?
サヌキの王宮で侍女をしていた、そばかすだらけの私が?
「そう……なのですか?」
声が震えた。
サヌキ王に目を向ける。
「仮にそうだとして、モーリの子に関する情報は秘中の秘とされているのだ」
サヌキ王は表情を崩さずに答えた。
「誰にも告げることはできない」
否定はしなかった。
その言葉はもはや肯定しているのと変わりなかった。
「例え海から流れ着いたモーリの子であっても」
サヌキ王の声が、少しだけ柔らかくなった。
「我々は我が子のように大事に育てたつもりだ。サヌキを故郷と思ってもらえるように。まっすぐに強い度胸を持って育ったお前を、誇りに思っているぞ」
見たこともない優しい顔。
……ああ。
私は確かにサヌキっ子である自分を誇っていた。
アズキアイランドで島民に演説した時、私はサヌキの反骨心を語った。
それは嘘じゃなかった。本当にサヌキが好きだったのだ。
親のいない私を王宮に置いてくれた。
侍女として、けれど健やかに育ててくれた。
それが当たり前ではなかったことを、今さらのように思い知った。
幸せな涙が頬を伝った。
「国王陛下。今まで私を育ててくれて、ありがとう……ございます」
声がうまく出なかった。
サヌキ王は優しい顔のまま、静かに頷いた。
横で皇帝は何も言わず、相変わらず怖い顔をしていた。
私は頬の涙を手の甲でぐいと拭った。
そしてしたり顔で頷いている耄碌じじいに向かって言ってやったのだ。
「それはそれとして。これからサヌキの船の通行料は二倍な」
ぶふぁああっとサヌキ王と皇帝が同時に噴き出した。




