3. 正義だの信実だの愛だの。考えてみればくだらない
鼻水男との待ち合わせ場所は港の前の飯屋だった。
名物はヒラメまるごと唐揚げ定食。文字通りヒラメを丸ごと揚げている。豪快だ。
骨だらけで食べにくいことこの上ないが、白身の旨味と衣の塩気が合わさってなんともクセになる味だ。
「まずは錬金術を見てみなければならないと思いまして」
私はバリバリとヒラメの骨を噛み砕きながら切り出した。
「ちょっと見せてもらえませんか?使えるんですよね、錬金術」
向かいに座る鼻水男は絶望に目を伏せて鼻水を垂らしていたのに、私の質問を聞くとなぜか急に目をそらして冷や汗をかき始めた。
横でヨシカワが目を細めて男を見ている。
「え、使えますよね?」
私が念押しすると鼻水男はがばっと顔を上げて早口にまくし立ててきた。
「れ、錬金術を使うには大量のゴミが必要なんですここじゃお見せできません!一度錬金城に戻りましょう!」
なんだか妙に焦っている。
ゴミなら港にもいくらかありそうなものだが、そういうものでもないのだろうか。
まあいい。百聞は一見にしかずだ。
鼻水男に急かされるように飯屋を出た私たちは、妙に美味しいヒラメの骨をもう少ししゃぶりたかったと名残惜しく思いながら、またあの錬金城へと戻るのだった。
錬金城の裏手に回ると、大きな船が横付けされていた。
船からは大量のゴミが次々と降ろされている。
荷下ろしをしているのは鼻水男と同じように絶望感を顔に貼り付けた男たちだった。
重いゴミの山を背に乗せ、よろよろと城の中へ運んでいく。
その様子はまるで奴隷ではないか。
やっぱりこの錬金城はおかしい!
鼻水男もその列に加わった。
大量のゴミを両腕に抱えては城の中に運び、ぜいぜいと息を切らしながら戻ってきてまたゴミを抱える。
額から汗が滝のように流れている。
これを毎日やらされていたならば脱走もしたくなる。
城の奥に進むと広い部屋にローブを着た男たちが数人、黙って待機していた。
彼らも錬金術師だろうか。
鼻水男たちと違って絶望的な顔はしていないが目が血走っている。
寝不足なのか。それとも長時間の作業で疲弊しているのか。
「この人たちが錬金術を見たいらしくて。お願いします!」
鼻水男はローブの男たちに深々と頭を下げた。
……あれ?
お前がやるんじゃないの?
私はちらりと鼻水男を見たが、なぜか目を合わせようとしない。
まあいい。見られるなら誰がやっても構わない。
ローブの男のひとりが無言で前に出た。
いかにも職人といった佇まいで、表情には一切の無駄がない。
男は山と積まれたゴミの前に立ち、静かに手をかざした。
瞬間。
ゴミが煙を上げ始めた。
もうもうと立ち上る煙の中でゴミの山がみるみる小さくなっていく。
木くずが、鉄くずが、正体不明の塊が、次々と煙に変わって消えていく。
そしてあとに残ったのは。ほんのわずかなキラキラとした砂のようなものだった。
あれが金?
「おおっ!」
思わず声が出た。
あの汚いゴミの山から、こんなに綺麗なものが出てくるなんて。
「まだだ!」
私の感嘆をローブの男がぶっきらぼうにぶった切った。
男はキラキラの砂に再び手をかざす。すると砂がさらに分離を始めた。
銀色の粒と金色の粒が、まるで意思を持っているかのように左右に分かれていく。
「ううううう!」
ローブの男がうめき声を上げた。
額に血管が浮き出ている。
すると金色の粒が寄り集まり、少しずつ固まって小さな球になっていく。
「これが……金……!」
小判になる、あの金だ……!
うどん三千杯の金だ!
私が目を輝かせているとローブの男は備え付けの椅子に乱暴に腰を落とした。
「……休憩だ」
肩で息をしている。
額の汗が顎から滴り落ちていた。
一連の錬金を終えただけでこの消耗ぶりだ。どうやら錬金とは途方もなく体力を使うものらしい。
「どうですか。これが錬金術です!」
鼻水男が誇らしそうに胸を張って言ってくる。
……お前がやったわけではないだろう。
しかし、状況は理解できた。
ゴミを運ぶ力仕事で疲弊し、錬金そのものでも体力を削られる。
そしてそれを一人の錬金術師が全部やっている。
これを効率的にするのは一筋縄ではいかなさそうだった。
残り時間はあと一日半。
鼻水男の鼻水まみれの顔が胴体から離れるまでの期限だった。
◇
そして私は半日、錬金の様子を眺め続けた。
鼻水男たちがぜえぜえと息を切らしながらゴミを運んでくる。
それをローブの男たちが錬金術で金に変える。
その繰り返しをただただ延々と眺めていた。
ふと気づいたのだが、鼻水男たちとローブの男たちは体つきが明らかに違う。
ローブの男たちはどちらかというと華奢で、鼻水男たちは汗にまみれているが少し引き締まった体をしている。
だからこそゴミ運びと錬金で分業を敷かれているのだろう。
……ああ。
十分に効率的にゴミを金に変えているように見える。
これ以上どう改善すればいいのだろう?
ここから鼻水男の仕事をなくすなんてことが、本当にできるのだろうか。
絶望が心を蝕んでいく。
私は幾度となくめまいを感じ、これではならぬと気を取り直そうとしたが、がくりと膝を折った。
ああ。
ここまで影武者として幾多の窮地を突破してきたツユよ。
真の勇者よ。
「鼻水男はお前を信じたばかりに、やがて殺されなければならぬのだ……」
「いや鼻水男とは失礼だし、姫様を信じたわけではないし、勝手に殺されることにしないでくださいよ!!」
鼻水男が鼻水を垂らしながら抗議してくる。
「正義だの信実だの愛だの。考えてみればくだらないわ……」
「勝手に人の命を懸けておいてあきらめないでってばああ!」
……勇者ゴッコをしているのに、私の言葉をいちいち遮って水を差してくる鼻水男である。
しかし実際、じゃあどうすればいい?
鼻水男の抗議の声を背中に聞きながら、私は不貞腐れながらローブの男たちが錬金をする様子を眺め続けた。
すると、不思議なことに気づいた。
ローブの男たちは錬金術を使う時に「ううううう!」と気合の声を上げる。
それはどの男も同じだ。
だが声を上げるタイミングがそれぞれ違うのだ。
先ほど見た男は、金の粒が丸く固まるタイミングで力を込めていた。
しかし別の男は最初のゴミを溶かす段階から全力で声を上げている。
同じ錬金術なのに、力の入れどころが違う。
何の違いだろう?
「あの、ちょっといいですか?」
私はローブの男に声をかけた。
「なんだ。今は忙しい」
ローブの男はぶっきらぼうに返した。相変わらずの職人気質だ。
私は怯まずにそのまま聞いてやった。
「『ううううう!』って気合を入れてましたけど、あれはなぜですか?」
「錬金の仕上げ工程が一番活力を使うからに決まっているだろう」
ローブの男は当然のように答えた。
すると横にいた別のローブの男がぬっと顔を出した。
「何を言っている。初めの溶解工程に一番活力を使うに決まっているだろうが」
さらに奥で座っていた別のローブの男が青筋を立てながら立ち上がった。
「なに?仕分け工程が一番辛いのだ。お前たちこそ何を言っている」
えぇ……?
なんだか急にきな臭くなってきた。
「溶解が一番だ!」
「仕分けに決まっている!」
「仕上げだと言っているだろう!」
ローブの男たちが一斉に言い合いを始めた。
さっきまでの寡黙な職人はどこへ行ったの?
……しかし、なるほど。
どうやら錬金には三つの工程があるらしい。
ゴミを溶かす「溶解」。金とそれ以外を分ける「仕分け」。金を固めて仕上げる「仕上げ」。
そしてどの工程で一番力を使うかが人によって違うようだ。
全工程を一人でやっているのに、それぞれ力の入れどころが全く違う。
怒号が飛び交い、お互いの胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いになってきたローブの男たちを眺めながら、私はふと口を開いた。
「それって、お互い得意分野が違うってだけじゃないですか?」
三人が同時にこちらを向いた。




