2. 本当にこの島は分からない……
『れんきん』とは聞いたことのない言葉だ。
れんきんなる人が城にいるのだろうか。王様でも皇帝でもない人間が城を持っている?
港では病気の冬瓜をありがたがっているし、島長が下っ端扱いだし、この島は一から十まで何も分からない。
私がわけも分からず皇帝についてしばらく歩くと、島に不釣り合いなほどの巨大な城が見えてきた。
……あんな城がこの島に必要?
とにかくでかい。無駄にでかい。この島の大きさに対して城が明らかにおかしいというか、城がそもそも要らないのでは?
あまりにも意味不明という顔をしていたのだろう。皇帝から声をかけてきた。
「どうした。顔に『理解不能』とデカデカと墨で書かれているぞ」
「ええ。冬瓜を見て頷く貴族、島長より偉い商人、そして理屈に合わないほど大きな城。私はこの島のことがさっぱり分かりません」
そして一番分からないことを聞いた。
「そもそもれんきんってなんですか?」
「錬金は、適当な材料を使って『金』を生み出す力のことだ」
「えっ!?金って、あのとっても価値のある金ですか!?」
私は飛び上がりそうになった。
金といえば小判になるやつだ。サヌキ王が「小判一枚あればうどんが三千杯は食える」と言っていた。三千杯。三千杯……。
一日三食うどんを食べても三年近くかかる量のうどんがたった一枚の小判で。
私の目が爛々と輝いているのが自分でも分かった。
皇帝は苦笑いしている。
「ああ。特殊な能力を持つ者――錬金術師だけが行使できる術だ。だが錬金は簡単ではなくてな――」
皇帝が説明を続けようとした、その時だった。
「ああああああ、もうこんな場所は嫌だあああああ!」
城の中から絶叫が響いた。
私が驚いて立ち止まると、城門から一人の男が涙と鼻水を盛大に垂らしながら駆け出してきた。
男はもつれた足でつんのめって転倒し、地面に顔をめり込ませてさめざめと泣き始めた。
……ええ?
本当にここはお城?まるで逃げて来たかのようだったが。
分からない。本当にこの島は分からない……。
「大丈夫ですか?」
私が駆け寄ると、男は地面に這いつくばったまま泣きじゃくりながら言った。
「うぅ……。この城に連れてこられて、朝から晩まで休みなく働かされて……もう限界で……」
そんな男に皇帝が冷たく言い放った。
「あきらめろ。お前は錬金城から出ることはできない」
その言葉を合図にしたかのように、後ろからヨシカワがぬっと現れた。
手にはいつの間にか縄を持っており、慣れた手つきで男を縛り上げていく。
相変わらずヨシカワは皇帝の前だと強面の海賊になるのだ。
「いやだあああ!離してくれえええ!」
わめく男を縄で引きずりながら、我々は城門をくぐった。
城の中は無駄に広かった。そして不可解な状況にあった。
階段を上っていくと、いたるところから断末魔のような叫び声が響いてくるのだ。
「もう無理だあああ」
「誰か助けてえええ」
――なにこの城怖い本当に怖い。
引きずられている男も「ここは地獄だあああ!」ともがいている。
確かに地獄と言われたら否定できないほどの阿鼻叫喚だ。
私は耳をふさぎながら階段を上る。
そして上りきった先にある城主の間の扉が開かれた瞬間、目に飛び込んできたのはキラキラの装飾だった。
金の燭台。
金の置物。
そしてその中心で、金の指輪を何本もはめた太った男がふんぞり返っていた。
首にも腕にもジャラジャラと装飾品をぶら下げている。
「ムラカミか。来ると言っていたな」
男は玉座から腰も上げずにそう言った。
「相変わらずこの城は趣味が悪いな。そしてお前は指輪も腹も会うたびにでかくなっていくな」
皇帝が遠慮なく言い放つ。どうやら顔なじみらしい。
しかし城主は気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに腹を揺らして笑った。
「錬金術師たちを働かせるおかげでわしが私腹を肥やしているというわけだ!」
そう言いながら男は上等そうな箱から葉巻を取り出し、火をつけた。
煙をぷかぷかと吐きながら、満足げに言い放つ。
「やっぱり世の中金だよ金。金を牛耳るわしが世界を牛耳っているのだ!」
城主は高笑いし、皇帝は怖い顔のままだった。
止めもしなければ、咎めもしない。
――私はなんとなく察した。
この男が錬金術師たちをこの城に縛り付け、強制的に働かせ、その成果で私腹を肥やして高笑いしているのだ。
城の中に響いていた断末魔は彼らの悲鳴だったのだ!
許せない。絶対に許せない!
「あなたがこの島で錬金術師たちを強制的に働かせているのですね!」
気づいた時にはもう口が動いていた。
私は錬金城主に向かって啖呵を切っていた。
「おい、やめろ!」
皇帝が慌てて私の腕を掴み、ヨシカワが背後からすかさず口をふさいでくる。
――むかああああ!!!!
なんで止めるの!?
二人とも、このキンキラ男の権力に恐れおののいているというの!?
最強の海軍を持つ海賊が聞いて呆れるわ!
見損なったぞ強面皇帝!
アズキアイランドで素敵なことを言っていたのは何だったの!?
ちょっとは統治者として良識があると思っていたのに、悪者に媚びへつらうような男だったのね!?
私はヨシカワの手の中でもがきながら、皇帝を恨めしい目で睨みつけた。
「その通り。わしが全ての錬金術師を島に攫い、働かせている」
錬金城主は悪びれもせずにそう言った。
私はヨシカワの手に思いっきり噛みつく。
「いたっ!」と悲鳴が聞こえたが知ったことではない。
口が自由になった瞬間、私は叫んだ。
「なんてド悪党!」
錬金城主は葉巻をくゆらせながらにやりと笑った。
怒鳴られたことなど蚊に刺されたほどにも感じていないらしい。
「こいつらを鎖で縛りつけて何が悪い。こいつらは信用ならんのだ。口では、どんな清らかな事でも言えるからな」
「人を奴隷のように扱うこんな城など、なくなればいいのよ!」
私が言い放つと、錬金城主の目がすっと細くなった。
「ふん。この島がなくなれば世界中がゴミであふれるぞ。それでもいいのか?」
「……どういうこと?」
「この島では世界中のゴミを錬金術で金に変えているのさ」
城主は葉巻の煙を盛大に吐き出しながら言った。
「この城がなくなれば、お前の故郷もゴミであふれることだろう」
私は唇を噛んだ。
ゴミを金に変えている。つまりこの城は世界中のゴミを引き受けているということか。
そんなことになっていたなんて知らなかった。
――でも。
「それでも、人を鎖で縛って働かせるなんて許せない!」
そんなことが正しいわけがない。
たとえゴミを処理していたとしてもやり方がおかしい。
城主は私の目をじっと見た。
そしてゆっくりと口を開いた。
「ふん。面白い女だ」
城主は葉巻を灰皿に置いた。
「では三日間の日限を定めよう。それまでにそこの鼻水を垂らした男の労働が不要にしてみせろ。できなければ――」
そして城主は縄で縛られて転がっている男を指差して宣言したのだ。
「この男を処刑する!」
「え!?ちょ、まっ!」
男が血の気の引いた顔で叫んだ。
「望むところだ!」
私は勢いよく言い返した。
「勝手に人の処刑を決めないでええええ!」
男は鼻水と涙をまき散らしまくる。
皇帝は頭を抱えていた。
そして深いため息と共に、静かに言った。
「……三日後に迎えに来る」
――よくよく考えれば、いや、よく考えなくてもこのやり取りはどこかおかしい気がする。
だがこのときの私は有り余る義憤で冷静さを完全に失っていたのだ。
◇
鼻水男の命がかかっている。三日しかないのだ。考えている暇はない!
すぐにでも錬金城で働き方改革をしなければならない!
……と動き出そうとしたがそうはいかなかった。
すっかり忘れていたのだ。そもそもこの島に来た目的を。
皇帝と並んで描かれる肖像画である。
「鼻水男の命がかかっているのですよ!」
私は必死に訴えたが、恐怖の水夫と化したヨシカワに首根っこを掴まれて引きずられるようにして画家の前まで連れてこられた。
皇帝の前で無言になったヨシカワは話しても分からない男になるのだ。今日もヨシカワの好感度が下がっていく。
画家は気難しそうな女だった。
「動かないで!いつまでも終わらないわ!」
筆を持つ手は繊細なのに口調は荒い。
私は椅子に座らされ、目を血走らせながら笑顔で固まっていた。
笑顔のつもりなのだが、目が笑っていないことは自覚していた。
だってこうしている間にも鼻水男の猶予は削られているのだ。
皇帝は肖像画を描き終えると「三日後に迎えに来るからな」と改めて言い残して、さっさと船で帰っていった。
その日の夜は画家の屋敷に泊まることになった。
泊まると言えば聞こえはいいが実質的には軟禁である。
画家からは「明日も朝から描くから逃げないでね」と釘を刺された。
屋敷の中は美術館のような有様だった。
廊下にも寝室にも大量の石像や絵画が所狭しと並んでいる。
どれもこれも抽象的で何を表しているのか分からない。
人のようで人でない石像が暗がりに並ぶ様子はまるで地獄の門番のようだった。
夜中にふと目が覚めた時、枕元に立っていた石像の顔が視界に入って本気で悲鳴を上げそうになった。
……なぜこれをありがたがるのか。
――分からない。相変わらずこの島はわけが分からない。
結局、鼻水男と打ち合わせを設けられたのは翌日の昼になってしまった。




