5. エピローグ
「皇帝陛下。ご報告いたします」
帝国に戻った皇帝ムラカミは執務室でコバヤ衆の報告を受けていた。
黒装束の男が差し出した資料に目を通す。
コムギ姫の生い立ち。
幼少期の記録。王族としての教育歴。式典への出席記録。
――おかしなところは、見当たらなかった。
サヌキという国は老王のカリスマによって支えられている。
うどん子しか生えない痩せた土地でありながら国が一つにまとまっているのは王族と庶民の距離が近く、民からの支持が厚いからだ。
一枚岩のこの国から情報を得るのはコバヤ衆と言えども容易ではなかった。
ムラカミは資料をめくる手を止めた。
コムギ姫がもともと巨躯であったという報告は気になった。
今の彼女からは想像もつかない。
しかし初対面の席であの娘は「野菜を食べんといけん政策」のおかげだと語った。
あの荒唐無稽な説明で痩せたと言われると、確かに辻褄が合わないこともない。
不信と切り捨てるには、あの娘の言動はすべてが荒唐無稽すぎるのだ。
ムラカミは資料を机に置いて窓の外のセトウチの海を見やった。
「あのタヌキおやじ。なかなか尻尾を見せんな……」
調査は暗礁に乗り上げていた。
ふと、ムラカミの目が資料の一箇所で止まった。
コムギ姫の侍女に関する記述。
侍女は甘露の病を患い現在療養中とある。
甘露の病。うどんの過剰摂取による病と聞く。
あの娘は侍女の病についてそんな話をしていたか?
記憶にない。
それよりも気になることがある。
甘露の病はうどんを山のように食べるサヌキの王族にこそ多い病だ。
姫よりも先に侍女が罹るというのは、どういうことだ?
侍女の方が姫よりもうどんを食していたと言うのか。
ムラカミは資料を手に取り直した。
侍女の名前。
「ツユ」とある。
うどんを思わせるサヌキらしい名前ではある。
しかし。
ムラカミの頭の中で一つの情報が弾けるように結ばれた。
先代ムラカミの時代。
六代魔王オダノブとの大戦。
海戦はムラカミが、陸戦はあの男が担った。
セトウチの英雄。
モーリの名を背負い、陸からセトウチを守ってくれた頼もしい男。
魔王の奇襲に襲われて幼い娘と共に船を出し、セトウチの海に消えた。
その男が姿を消したのは――。
梅雨の時期だ。
「モーリの忘れ形見……」
全てが推測でしかない。
侍女の名がツユだからといって、モーリの娘だと断定する根拠は何もない。
だが。
女神が見抜いた「高貴な血」。
サヌキの王族にはいなかったはずの胆力。
姫よりも先に甘露の病に罹る侍女。
そして――梅雨。
今までの断片が、一本の線で繋がるのは確かだった。
そして影武者として恩人の忘れ形見を差し出してくるなど、いかにも老練なタヌキがやりそうなことだった。
「サヌキ王を呼べ」
ムラカミは部下に告げた。
そして、険しい顔でセトウチの海を睨みつける。
あの娘がモーリの忘れ形見ならば、そのときは――。




