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陛下ったら、ウニをほうれん草に乗せるだなんて下品で侮辱で最高です!  作者: ぜんだ 夕里
第3章 アズキアイランド編

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2. 気に食わないわ

 長い船旅を経て、ようやくアズキアイランドが見えてきた。

 セトウチの海にぽつんと浮かぶ小さな島。

 何もない島だと聞いていたわりに港自体はそれなりの大きさがある。


 港に入ると数名の港番が手際よく綱を受け取り、船を係留してくれた。

 少なくとも港の仕事はちゃんとしているではないか。


 船を降りて足を地面につけた瞬間、しゃがれた声が飛んできた。


「あんた達が帝国から来た皇帝ご一行かい?」


 声の主は日に焼けた顔の老人だった。

 腰は少し曲がっているが目つきはしっかりしている。どうやらこの港番たちの長らしい。


「そうだ。この島の視察に来た。島長(しまおさ)はどこだ?」


 皇帝が前に出て聞く。相変わらずの怖い声だ。

 老人はゆっくりと腕を上げて道の先を指した。


「この道をまっすぐ行って丘を越えたところに島長の屋敷がある。迷うことはないだろう。この島には道も少ないからな」


 最後の一言に、なんとも言えない寂しさが滲んでいた。

 礼を言って歩き出そうとした時、老人が独り言のようにつぶやいた。


「この島を振興して禄を取ろうってのか」


 その声は、港の潮風に溶けるようにがさがさとしていた。


「無駄なことだ。この島には何もない」


 足元に駆け寄ってきた汚れた猫を拾い上げながら老人が続ける。


「この港の名前を知っているか。土床(どしょう)港と言うんだ」


 土床。土の床。

 海に浮かんだ島で、確かに皮肉な名前ではある。


「本島の肥沃な土壌を羨んでつけられた名だよ。大地に恵まれた人間を見上げながら、ここの先祖たちは自分の立つ場所を『土の床』と呼んだ。劣等感の塊のような名前なのだ」


 えぇ……。本当にそんな理由でつけられたのかな?

 違う気がするけれど……。


 私の疑問をよそに老人は猫の汚れた毛並みを撫でながら、力なく呟いた。


「この島には何もない。……何もないのだ」


 ――いやいやそんなに卑屈にならんでも。


 私は何か言葉を返したかったが何も思いつかなかった。

 皇帝は黙って港の様子を見渡す。その怖い顔からは何を考えているのか読み取れない。

 我々が丘の道を歩き出すと、老人は港の端に腰を下ろして猫を抱いたまま黙ってこちらを見送っていた。



 ◇



「この何もない島から禄を徴収するなどご勘弁ください……」


 島長の屋敷に通された我々を迎えたのは、床に額をこすりつけんばかりに平伏する島長の姿だった。

 開口一番に「何もない」だなんて……。

 さっきの老人と同じことを言っている。


 周囲では島のそれぞれの部門長らしき人たちが沈痛な面持ちで控えていた。

 まるで誰かの葬儀に来てしまったかのような空気だ。


「今から禄を取ろうと言うのではない。まずはこの島を富ませると言っているのだ」


 皇帝がそう言っても、島長は顔を上げずに首を横に振る。


「お言葉ですがこの島には何もないのです。痩せた大地に雨も少なく、それでもここに住まうしかない哀れな者たちが集まっているのです。振興など……不可能です」


 まったく聞く耳を持たない。

 皇帝が何を言っても「何もない」「不可能」の繰り返しだ。完全に卑屈になっている。


 私はちらりと皇帝の横顔を見た。

 この人は毎日、山のように積まれた書簡と格闘している。朝から晩まで帝国中の問題に追われている。

 その忙しい合間を縫って、この島も自分の領地だからと、わざわざ船を出してここまで来ているのだ。


 それなのに島長がこの態度。


 気に食わない。

 本当に、気に食わない。


「気に食わないわ」


 思わず本音が口をついて出た。

 島長の顔が上がり、周囲のお付きの視線が一斉に突き刺さる。困惑した顔が並ぶ。

 ヨシカワが隣で石のように固まっている気配がした。


 ……もうここまで言ってしまったのだ。最後まで言おう。


「私の故郷であるサヌキはうどん子しか生えない痩せた土地なのです」


 島長たちが黙ってこちらを見ている。


「それでもサヌキの民はサヌキにいることを誇っているのです」


 皇帝も腕を組んだまま何も言わずに聞いている。

 私は言葉を続けた。


「それはなぜか。痩せた土地でもご先祖様が『うどん』を作り上げ、必死にうどん子農園を広げてきた不屈の精神を、反骨心を、サヌキの人間は誇っているからです」


 唖然とした顔の島民たち。

 でも私は止まらない。止まれない。


「あなたがたは誇るべきなのです!この島を何百年も守ってきたご先祖様の血を引いているのだと!」


 声が自分でも思ったより大きくなっていた。


「そして、この島をどこにも負けない島にしようと。そう考えるべきなのです!」


 静寂が落ちた。

 島民たちの目が少しだけ変わった気がした。

 気のせいかもしれない。でもさっきまでの、この世の終わりのような顔ではなくなっている。


「なにかこの島を振興する策があるのか?」


 皇帝が静かに聞いてくる。

 その強面の奥に、何かを待っているような色が見えた気がした。


「それは……」


 私は胸を張って、素直に答えてやった。


「今から考えます」


 皇帝が額を押さえた。



 ◇



「では何かないか探してこい」と皇帝に言われて、私は屋敷を後にした。

 決して追い出されたわけではない。断じて追い出されたわけではないのだ。

 策もなく啖呵を切ったから追い出されたとか、そういうことでは絶対にない。


 そうしてヨシカワと二人、島をぐるりと歩いて回っている。

 歩き始めて気づいたのだが、この島は思ったよりずいぶんと広い。

 ……意外と広いなこの島。本当に何もないのだろうか?


「それにしてもお姫様は相変わらずですね」


 皇帝から離れた途端にしゃべり出すヨシカワが呆れ顔で声をかけてくる。


「猫の手ぐらいにはなりますが、この島の魅力はお姫様が見つけてくださいよ?」


 ――ヨシカワは皇帝がいてもそれぐらい饒舌にしゃべるべきなのだ。

 いつも皇帝の前ではだんまりのくせに、私の前ではいちいち口が達者になるのだから。



 ヨシカワと歩くことしばし。

 島はどこまでも続くし足は疲れてきたし、そろそろ何か食べたい。

 この島に何もないとは言うが食べ物ぐらいはなにかあるだろう。


 そんなことを考えながら道を進んでいると前方で盛大に言い合っている男女を見つけた。


「おまえはおいしくもねぇ果物に貴重な水をあげすぎなんだよ油女!」

「なによ!そっちこそ島でおいしくないうどん作って貴重な食料をだめにして馬鹿じゃないの!?」

「なんだと!?」


 ……なかなかの修羅場に遭遇してしまった。

 普通なら迂回して通り過ぎるところなのだが、私の耳はある言葉を拾ってしまった。


 うどん。


 サヌキで生まれ育った人間に刻まれた魂の食べ物。

 こんな離島で「うどん」の話をしている人間がいる?


 ふと横を見るとヨシカワが「えぇ行くんですか?」と言いたげな顔をしている。

 私はそんなヨシカワを見なかったことにし、二人の間に入ってみた。


「お二人とも落ち着いてください」


 私が声をかけた瞬間、さっきまで掴みかからんばかりだった二人がぴたりと動きを止め、同時にこちらを振り向いた。


「「なんだよ外野は黙ってな!」」


 息ぴったりだった。

 あまりの迫力に思わず一歩引く。


 ――仲が悪いんだか良いんだか分からない二人だなぁ。


 しかしここで怯んではサヌキっ子の名が廃る。

 私は踏みとどまってもう一度口を開いた。


「いまうどんと聞こえたので気になりまして。私はサヌキから来たコムギと申します」


 それを聞いた瞬間、男の方が目を丸くした。

 そして女の方は目をむいた。


「あんた!私との口喧嘩に勝てないからってサヌキの人間を呼んだわけ!?」

「ちが……!俺が呼んだんじゃねぇよ!」


 しかし男はすぐに顔を輝かせて私に向き直った。


「しかしちょうどいいところにサヌキの人間が来たもんだ!ぜひうちのうどんを食ってほしいんだ!」


 言うが早いか男は私の腕を掴んだ。


「この卑怯者!」


 背後で女が叫んでいるが男はまったく意に介さず、ずんずんと私を引っ張っていく。

 ちらりと振り返るとヨシカワが「やれやれ」という顔で後をついてきていた。


 ……なんだかお腹も空いていたし、うどんが食べられるならちょうどいい。

 うどんと聞いてしまった以上、サヌキの人間として見届けないわけにはいかないのだ。


 私は久しぶりに食べるうどんに想いを馳せていた。


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