夢と後悔
咲は一息つくとミルクティーを飲み、また口を開いた。
「それからしばらくして、アクアキャットパラダイスはオークションに掛けられました。姉が希望してたより、ずっと高く売れたんです。でも、その直後から姉が妙なことを言い始めて……」
「妙なこと?」
「はい。アクアキャットパラダイスが心配だ。あの子たちがよくない目にあってる気がするって。母は、大切なダンジョンスプラウトを売ったんだから、精神的に参ってるんだって言いました。だけど、顔を合わせるたびに不安そうにして……売らなきゃよかった、とんでもない間違いをしたって、シクシク泣くんです」
「お姉さんは、どうして急にそんな事を言ったんだろう?」
「夢を見たそうです。それも、毎日のように。何か大きな物がダンジョンをめちゃくちゃに壊していて、ボロボロになったラビリミンたちが必死で立ち向かうんです。けれどまるで相手にならず、あっという間に蹴散らされちゃうんだって」
「夢か……。なにか証拠があるわけじゃないのか」
根拠としては、薄弱と言わざるを得ない。
母親の言うように精神が参ってただけかもしれない。
咲は机に両手を置いて、身を乗り出した。
「あ、あたし、何度も事務局に相談しました! お金は返すから、ダンジョンスプラウトを返してくれって。それがダメなら、せめて買った人の連絡先を教えて欲しいって。でも、どっちもダメだって……規約で決まってるし、匿名だからって」
「あー……それはねえ」
それは仕方ないだろう。
すでに取引が成立している以上、「今さら返してくれ」なんて、運営としては認められない。
落札者の連絡先を教えるのも同じだ。
個人情報を勝手に渡して、トラブルにでもなれば、事務局が間に入っている意味がない。
ましてや高額オークションの落札者となれば、まず間違いなく金持ちだ。
金があるということは、それだけで狙われる理由になる。
詐欺、強盗、恐喝、誘拐、募金の強要、悪質な訪問販売まで。
現金はなくても落札した現物があるわけだし、空き巣に入って奪い返し、別の相手に売ることだってできてしまう。
咲は、ガックリと肩を落とす。
「SNSで情報を集めて、オークションで最後まで競り合った人を見つけました。その人が言うには、落札者はネットで参加していたそうです。『SilverLily』というIDだけが、かろうじてわかりました。他に手がかりもなく、もうどうしようもないと諦めかけてた時、あなたの鉢植えの画像をみつけて……」
「それで植木鉢を確かめるため、俺のダンジョンスプラウトを持ち上げてたのか」
俺の『サービス残業お断りダンジョン』は、世にもレアな『冥属性』としてネット上に晒されている。
姉のダンジョンスプラウトを探す咲の目に、たまたま留まったとしても不思議はない。
咲は真っ青な顔で、絶望的な声を出す。
「お姉ちゃん、可哀相だった……。あ、あんなお姉ちゃん見るくらいなら……最後に、あんな思いをさせるなら……。あの時、私がダンジョンスプラウトを世話するよ、一生かけてアクアキャットパラダイスを守るよって、そう言ってあげればよかった!」
それからまた鼻をグズグズと鳴らし、涙をこぼす。
話を聞いているだけでも胸が痛くなる。
姉を思う咲の気持ちが、十分すぎるほど伝わってきた。
「えっと、咲ちゃん。お姉さんはもう……?」
「はい。亡くなりました。去年の今頃、深夜です。カミナリが鳴って、激しい雨の降る夜でした」
「嵐の夜だって?」
そして俺は、衝撃の事実を知る。
あの夜、ボロボロのダンジョンスプラウトを拾った日。
家に持ち帰った直後、雷に打たれた、あの瞬間。
それは咲の姉、桜が息を引き取った、まさにその時だったのだ。




