さくらさくらさくさくらちる
「咲。私ね、ダンジョンスプラウトを売ろうと思うの」
姉の桜はそう言って、ベッドの上で微笑んだ。
「えっ? なに言ってるの、お姉ちゃん。冗談だよね?」
あたしがそう言って笑い返すと、姉は寂しそうに首を振った。
パジャマから除く腕はシーツに負けないくらいに真っ白で、木の枝みたいに細かった。
油っ気のないカサカサの肌。唇もかわいて剥けている。
帽子に隠されてるが、髪もずいぶん抜けてしまった。
美しかった姉が、どんどん痩せて壊れていく……胸の奥がキュウと痛んだ。
姉はベッドの脇へと、視線を向けた。
「だって、私がいなくなったら、アクアキャットパラダイスの世話は誰がやるの?」
猫のレリーフの植木鉢。その上に堂々とそびえる、立派なダンジョン。
アクアキャットパラダイス。
姉が何年もかけて育ててきた、大切なダンジョンスプラウトだ。
「今はね、友達が週に一回、レイドしに来てくれてる」
「うん。知ってる」
「私が病院から出られないから……。本当に、ありがたいよね。なんとかレベルが維持できてる。でも友達が来られない時は、お母さんが近所のレイド会まで持って行ってくれてる」
「それも、知ってる……」
「お母さんだって、色々と大変なのに。私が死んだ後まで、そんな苦労をかけたくないの」
「お姉ちゃん。だったら、あたしがやるよ。あたしが毎週レイドに連れていくから! 部活だって、ちょっとくらい休めば――」
「ダメ」
姉は穏やかだけれど、はっきりと言った。
「咲は、アーチェリーを頑張りなさい。私のために、咲がやりたいことを諦める必要ないの。国体でいい成績を残すのが夢だって、あなたそう言ってたじゃない」
「でも……!」
姉は、真剣な目であたしを見つめる。
「咲。私がいなくなった後も、ずっとずっとお世話を続けられる? レイドだけじゃない。資材や栄養剤、ダンジョンの剪定……ダンジョンスプラウトは植物なんだから、ちゃんと育てれば何十年も長生きするのよ」
「……っ」
できる、の言葉は口から出てこなかった。
週に一度くらいなら、と思った。
でも、それが何年も、何十年も続くとしたら……?
大会だってある。練習だってある
あたしは、いつまで続けられる?
姉との約束をいつまで守れる?
答えは分からなかった。答えられなかった。
あたしは姉の視線から逃れるように、顔を伏せる。
姉はそれを見て、悲しそうに笑った。
「ね? そういうことなの」
細い指が、布団の上でギュッと握られる。
「レイドをしなかったら、アクアキャットパラダイスは少しずつ弱くなっていく。レベルが下がって、ラビリミンの数も減って、できることも少なくなって……最後には、今とは全く別のダンジョンになっちゃう。だったらこの子をちゃんとお世話して、大事にしてくれる人に譲ったほうがいいと思うの」
「……そんな人、いるか分からないじゃん」
「いるよ」
姉は迷いなく答えた。
「ダンジョンスプラウトを育てる人は、みんな優しい人だから。ましてや高いお金を出してまで、この子が欲しいなら……きっと大切にしてくれる。それにね。売って、少しでもお金を残したいの。私の治療費に、ずいぶん使わせてしまったものね」
あたしは唇を噛んでうつむく。
姉には、輝かしい未来が待っていたはずだ。
病気にさえ、ならなければ……。
せっかく受験を乗り切って入学した大学は、半年も経たずに休学になった。
姉は人当りがよくて可愛い顔してるから、通学を続けていれば人気者になっただろうな。
飲み会なんて行くようになって、彼氏なんかもできたかもしれない。
あたしは姉に変な虫がつかないように、相手の男を懸命に見極めてアドバイスするのだ。
やがて結婚して子供が生まれて、あたしは叔母になる。
その頃には、あたしにも恋人がいるだろう。
お互いの家庭を行き来して、子育てして、愚痴なんか言い合って、助け合って。
そうして、何十年。
お婆ちゃんになっても、あたしたちは仲良しだ。
たまにケーキなんか買って行って、紅茶を飲みながら昔の思い出話に花を咲かせ……。
その隣には、いつも大切なダンジョンスプラウトがあって……。
そんな未来は、もう永遠に来ないのだと。
姉が諦めてしまったことが、なによりも悲しかった。
悔しかった。
「……イヤ」
「咲」
「イヤだよ……」
あたしは首を横に振った。
涙がボロボロとこぼれる。
一番悔しいのは姉自身だ。
そんなことはわかってる。わかってても、あたしは嫌だった。
だって姉がいなくなり、その形見まで消えてしまったら……あたしは何を頼りに、姉の面影を思い出せばいいのだろう?
これは、あたしのワガママだ……。
世話をみると約束もできないのに。売って欲しくないなんて。
最低のワガママだ。
「だってお姉ちゃん、あんなに大事にしてたのに……っ!」
「うん。そう、私の大切な宝物。だから、もう決めたの」
キッパリと、姉は言い切った。
姉はあたしの肩を引き寄せると、カリカリに痩せた腕でギュッと抱く。
「咲。幸せになってね。私の分も、いっぱいいっぱい人生を楽しんで」




