深水常之宮 二回目のログ
『深水常之宮』
――二度目の挑戦。
我々は再び、昏き水のほとりに立っていた。
前回よりもダンジョンが大きく育っている。
階層が増えているようだ。
だが我らとて、以前と同じではない。
我々も強くなった。人数も増えて、八人だ。
今度こそ、水の深みを底の底まで覗いてやろう!
我ら『熟練者』の意地にかけて。
第一層
前回と同じだ。
苔むした壁。淡い光を放つスライム。
スライムが大量にいる場所を避け、襲ってくる個体だけを手早く処理する。
無傷で通過。
第二層
足首までの水。
そして、水の中から伸びてくるウォーターハンド。
前回、仲間が連れ去られた場所だ。
水の中から手が伸びてくる。
すんでのところで、仲間の腕を掴んで引き寄せた。
むなしく空ぶるウォーターハンドを、斬る。叩く。
水の腕は霧散した。
誰一人、連れ去らせない。
第三層
膝上までの水。逆流する水流。
混じった石が、脛を容赦なく打ちつけてくる。
知っていても避けられない罠もある。
体力が削られる。仕方ない。
フロアを突破するための必要経費だ。
時間はかかった。
それでも、ようやく通路を抜けた。
第四層
扉が閉じる。水が押し寄せてくる。
前回、ここで仲間を失った。無理をさせてしまった。
同じ轍は二度と踏まない。
一人を残して、全員がハイドロドラゴンへと突っ込んだ。
濁流の龍が襲いかかる。
牙が迫る。
尾が薙ぎ払う。
水圧に身体が吹き飛ばされる。
それでも、我々は突き進んだ。
前へ、前へと押し返す我らの気迫に、ハイドロドラゴンが身をひるがえす……今だ!
残った一人が水門に向かい、ハンドルを掴む。
回す。回す。
がむしゃらに回す!
ギギギギギ――。
重い音とともに水門が開いた。
濁流が一気に吸い込まれていく。
ハイドロドラゴンの身体も崩れてさった。
やった!
全員が揃って、この階層を突破だ。
少し休んで、我らは先へと進む。
第五層。
霧。
我々を最も苦しめた場所だ。
だが、今回は違う。
得た気づきは、すでに皆と共有している。
目を閉じる。そして、耳を澄ます。
ピチョン……。
ピトーン……ポチャン……。
……ピチャン。
霧の向こうで雫が落ちるたび、澄んだ音が静寂に響く。
水面を叩く波紋の音が、心地よく耳を打つ。
また一滴。
霧の向こうで、水滴が落ちた。
音と間隔が道しるべだ。
真っ白な帳の向こうへと、慎重に進む。
相変わらず、ウォーターサーペントは厄介だ。
だが、今回は人数が多い。
傷ついた仲間を囲むようにして、体力のある仲間で守る。
水を滑る音が近づくと、全員が身構える。
牙が飛び出す。剣が閃く。
攻撃が交差する。
素早すぎて、トドメはさせない。
それでも、敵の奇襲をある程度は防ぐことはできた。
そして――。
あった。ついに見つけた!
霧の中から、上階へと続く石段が姿を現した。
第六層
初めて足を踏み入れる場所だ。
迷宮のいたるところに、色とりどりのクラゲが浮かんでいる。
幻想的で美しい光景だ……。
我らの気持ちも少し華やぐ。
しかし仲間の一人が道を塞ぐクラゲをどかそうと、手を触れた瞬間、状況は一変する。
パァン!
強烈な破裂音と共に、クラゲは四散した。
と、同時に大量の水が現れて、触れた仲間を取り巻いた。
ザ、ザアァア……ザァアアアアッ!
水流に巻かれて、仲間がもがく。
助けようと手を伸ばす仲間を静止する。
よせ! お前も取り込まれるぞ!
ふと辺りを見回すと、カラフルなクラゲたちが音もなく我らを囲もうとしていた。
おお、なんて綺麗な死の群れだろう!?
我々は仲間を見捨てて、浮かぶクラゲを掻い潜り、迷宮の奥へと必死に進んだ。
第七層
大小さまざまな石の足場が、水面から顔を出している。
そして、その中央には、一際大きな島があった。
我々は足場を渡って、フロアを横断しようとした。
ズズ……。
ズズズズ……。
地を響かせて島が動く。
ゆっくりと水面が迫り上がる。
なんと、それは島ではなかった!
水を押し退けながら、巨大な亀が姿を現す。
見上げるような巨体だった。
甲羅には苔や珊瑚のようなものがびっしりと張り付き、その隙間から濁った水が滴っている。
亀が首をもたげて、我々を見つけた。
次の瞬間――太い前足が水面を蹴った。
ドォン!
轟音。水柱が上がる。
仲間が一人、まともに吹き飛ばされた。
敵の動きは鈍い。だが、足場は狭い。
我々は石を飛び移りながら懸命に逃げる。
亀の巨体が通るたび、水面が波打ち、足場ごと揺さぶられた。
攻撃を叩き込んでも、魔法を浴びせても、厚い甲羅に阻まれる。
激しくうねる水流に足をすくわれ、体勢を崩した二人が水中に落ちる。
水底をほじるように振るわれた亀の太い前足が、容赦なく二人を叩き潰した。
我らは、あっという間に四人になってしまう。
一人が背後から亀の甲羅に取り付き、よじ登る。
亀が嫌がるように、丸太のような太い首をうねらせた。
しかし、甲羅の上には届かない。
右に、左にと、巨体がドシドシ揺れる。
ひっくり返せ!
甲羅の上の一人が叫んだ。
我らはハッとして、亀が大きくかしいだ隙を見計らい、巨体の下に身体を滑り込ませた。
建築こそが、我らの本分。力仕事は得意である。
渾身の力を込めて、持ち上げる。
それを阻止せんと、亀の首がこちらに伸びた。
その隙を狙って、甲羅の上にいた一人が首の付け根に一撃を叩きこむ。
たまらず亀は首をひっこめた。今だ!
三人の力が重なる。
足場が沈み、水が跳ねる。
ぐらり。亀の身体が一気に傾く。
そして――
ズズゥンッ!
亀は背中から水底へ落ち、仰向けにひっくり返った。
巨体ゆえに、一度ひっくり返ると手足と首を空中で、無様にバタつかせることしかできない。
水中に落ちていた武器を拾い上げ、我らは一斉に跳んだ。
亀の腹に乗ると、剥き出しになった首元や甲羅の隙間へ、無慈悲に攻撃を叩きこむ。
何度も、何度も。
やはり腹側は背中と違って、防御力はそれほどなさそうだ。
やがて亀は引き攣るように身悶え、手足と首をだらりと伸ばして動かなくなった。
我々の勝利だ。
しかし甲羅に乗っていた一人は、亀の転覆に巻き込まれて気を失った。
我らは三人となった。
とんでもない強さだった……。
我々の戦いの歴史の中でも、一、二を争う強敵であった!
傷ついた身体を支え合いながら、上へと登る。
おそらく、次が最後の階層だ。
……外から見た限りでは。
第八層
ザ、ザァアアアアン……。
ザ、ザアァアアアン……。
光り苔の青緑色が、砂浜を不気味に照らしていた。
打ち寄せる波の向こうに、巨大な触手がグネグネと蠢く。
見え隠れする脚は八本。一本一本が、先ほど倒した亀の首よりずっと太い。
おい、嘘だろ……。
と、一人が呟く。
あ、あんな巨大な……こんな、バカな!
もう一人が声を上げる。
撤退しよう。あれには勝てない。
残る一人が、そう言った。
チクショウ。まだ、足りないのか。
フロアを引き返す時、一人が振り返って悔しそうに呟いた。
そうだ、まだ足りないのだ。
この水の深さは、またも我らを拒絶した。
少なくとも、あの怪物を倒すには……そう、無傷でなくてもいい。
だが全員が揃って、八階層まで辿り着く必要がある。
そう思わせるだけの巨躯だった。
帰還後
あのダンジョンは強すぎる!
それでも、あと一歩。
もう少しで、水底に手が届く……。
そんな確信を持つことはできた。
次こそ、必ず!
あの蒼淵を攻略してやる。
この敗北を胸に、我らは『熟練者』としてまたひとつ強くなった。
ダンジョン攻略失敗 経験値4452




