頭文字DS
次の日である。
早朝に露天風呂をキメた男三人で、冷たい牛乳を並んで飲んだ。
俺がコーヒー、コロちゃんがフルーツ、剛がノーマルである。
部屋に戻ってまったりしていると、みのりが呼びに来たので朝食の会場へ向かう。
食卓にはアジの開き、温泉卵、山菜やキノコの佃煮、温豆腐。
それにタクアン、味付け海苔、なめこ汁と、いかにも温泉旅館らしい朝食が並んでいた。
どれも素朴ながら美味しくて、つい三杯もご飯をお代わりしてしまった!
朝食後は、宿の周りをみんなで散歩する。
そうして九時ごろ、荷物をまとめてロビーに集合した。
俺は理央への土産に何かないかと、空き時間に売店を物色する。
ズラッと並んだ菓子や漬物の中で、ふと黒い瓶詰めが目に留まった。
「お。これ、朝飯に出てたオカズだ! コリコリしてて粒山椒が効いてて美味かったな」
ラベルには『まだらみみのタマリ漬け』とある。
まだらみみ……不気味な響きだ。
原材料が気になって裏返してみると、商品についての解説が書かれていた。
『まだらみみは俗称で、キクラゲ科のキノコです。肉厚で強い旨味が特徴ですが、他の土地ではうまく育ちません。どうやら、この土地特有の温泉成分が関係しているのではないか、と言われています。ご飯のお供によし。刻んでお茶漬けや炊き込みご飯によし。とんこつラーメンや、ソーメンの具にもよく合います』
こういう怪し気な商品、きっと理央は面白がるな。
味も良かったし、お土産はこれで決まりだな!
俺は自分用と理央用に、まだらみみのタマリ漬けを二瓶買った……と、ここまではよかったのだ。
ここで終われば、今回の旅行は大成功だった。
そう。
ここで終われば。
「ぎゃーーーーーー!? み、みのりさん、危ないっ! 今の運転は危ない! あと法定速度守って!!」
一時間後。
絶賛爆走中の車内で、俺は顔面蒼白になりながら悲鳴を上げていた。
「あらまぁ、玄君~。知らないのぉ? 高速道路ではねぇ、法定速度よりも周りのスピードに合わせた方が安全なのよぉ~」
「ま、周りのスピードって……!」
隣では凛花が頭を抱え、泣きそうな声を上げている。
「さっきからビュンビュン抜かしまくってるじゃないですかぁ!」
「あわわ。ご、ごめんね、凛花ちゃん。チェックアウトのあと、俺が『みのりさんの運転もみてみたい』とか、余計なことを言い出さなけりゃ……!」
後部座席では、コロちゃんが目をキラキラさせながら身を乗り出していた。
「うっひょーぉ! カッ飛ばせーっ!」
剛がやけに落ち着いた様子で、無機質な笑い声を上げた。
「アハハ。大丈夫だよ、二人とも。みのりさんはね、免許を取ってから一度も事故を起こしたことがないんだ」
「えっ? それじゃあ、ゴールド免許ですか……すげえ」
「いや。年に二回はスピード違反で捕まってるから、ゴールドではないよ」
「…………そ、それは」
凛花が泣きそうな声で、後を継ぐ。
「それは『事故を起こしたことがない』んじゃなくて、『事故を起こす前に確保されてる』ってことですよね!? 年二回も!」
「そ、そうだ! 全然信用ならねえっ! ギャーッ!」
「ハハハ。貝だよ、貝になるんだ。心を閉ざして今を乗り切るんだ」
「いえーい! すげえスリル。気持ちぃーい!」
コロちゃんは、もはや遊園地のアトラクションとでも思っているらしい。
「あらあら、玄君。大丈夫よぉ~。わたし、運転には自信があるのよ~」
「その自信が怖いんですってば!」
叫んだところで、どうにかなるわけでもない。
俺たちは行きの倍以上の疲労を抱え、怒涛の超スピードで帰路へとついた。
まったくもう。「日帰りだと移動で疲れちゃって、骨休めにならないわよぉ~」などとのたまっていたのは、一体どこの誰でしたっけね?
普段は優しくおっとりしているみのりに、あんな荒々しい一面があったとは。
……まるで、『そよそよ若草ダンジョン』みたいだな。




