月夜の露天風呂
大浴場に人はおらず、貸し切り状態だった。
内湯でじっくり温まってから、露天風呂へと移動する。
空は綺麗な半月で、雲もなく辺りを金色の光で照らしている。
お湯に浸かってボーっとしていると、カラカラと扉の開く音がして、誰かが入ってきたようだ。
背後でチャポリと水音がなる。
「お、お邪魔しますね、玄さん」
「えっ! コロちゃん……?」
振り向くと、そこにはお湯に入って微笑むコロちゃんの姿があった。
前髪を下ろしてピンで留めた、女の子モードだ。
な、なんだろ。ポーズのせいかな?
湯に透ける身体まで、心なしか女子っぽく見える。
「げ、玄さん。ちょっとお話いいですか? ボ、ボク、改めて玄さんにお礼が言いたくて」
「お礼? お礼を言われるようなこと、何かしたかな」
俺が首を傾げると、コロちゃんはちょっと大きな声を出す。
「い、いっぱいしてますよっ! クローゼットもそうですし、旅行のこともそうです。狛犬の時もお金を貸してくれました。玄さんは、いっつも当たり前な顔して、ボクが嬉しいことをいっぱいしてくれるんです」
「そうか。まあ、気にしないでいいよ。俺が好きでやってんだからさ」
「ま、前にも一度、言いましたけど……。玄さんみたいに優しくて、頼りになるカッコいい大人。ボ、ボク……他に、知らないです……」
目が合うと、コロちゃんは耳まで真っ赤になり、慌てたように視線を外した。
俺は苦笑する。
「コロちゃん。君は俺を買いかぶりすぎだよ。俺、普段は会社でミスしてばっかでさ。しょっちゅう課長に怒鳴られてるんだぜ。ちっともカッコよくない」
「ち、違いますよ。カッコいい人って、何でもできる人じゃないと思います!」
コロちゃんは、妙にキッパリとした口調で言う。
「失敗しても、誰かに怒られても、それでも人に優しくできる人。困ってる人を見たら、自分のことみたいに助けちゃう人。そういう人が、本当にカッコいいんです」
夜風が、二人の間を静かに吹き抜けた。
半月が湯面に映り、小さな波紋で揺れている。
コロちゃんが口を開く。
「……あの、玄さん」
「ん?」
「も、もしよかったら……」
コロちゃんは両手を胸の前でギュッと握り、小さく息を吸う。
喉がゴクリと上下した。
そして、意を決したように言葉を続けた。
「これからもずっと、ボクと仲良くしてくださいっ!」
俺は一瞬キョトンとして、それから思わず笑ってしまった。
「なんだ、そんなことか」
「そ、『そんなこと』じゃないです! 真剣です!」
「ああ、ごめんごめん」
俺は笑いながら、頷いた。
「もちろんだ。これからもよろしくね」
「……はい!」
コロちゃんは、花が咲くような満面の笑顔になった。
こんな笑顔が見られるなんて、旅はしてみるもんだなぁ。
「そ、それじゃボク、お先に失礼します」
タオルで身体を隠しながら、コロちゃんは立ち上がる。
なんだか、裸を見てはいけない気がして。
俺は慌てて夜空を見上げた。やっぱり綺麗なお月様が、キラキラの光を振りまいていた。




