ダンジョンスプラウトは永遠の輝き
馬里音温泉の歴史は古い。
起源はおよそ八百年前、鎌倉時代の初めにまで遡る。
戦に敗れた一人の武士が、傷ついた愛馬とともにこの山奥へ落ち延びてきた。
ある朝、その馬が忽然と姿を消した。
武士が必死に探し回っていると、どこからかポク、ポク、と蹄の音が聞こえてくる。
不思議に思いながら音を追って谷を下ると、そこには湯気を立ち上らせる泉があった。
そして湯の中には、傷を癒やすように身を沈める愛馬の姿が。
以来、この山峡の温泉は里となり、武将や旅人、病を抱えた人々を癒やし続けてきた――そうだ。
車中で調べたウィキペディアより。
そんな由緒ある温泉地の一角に、本日のお宿『遠音荘』は建っていた。
建築は明治時代のものらしい。
黒々とした梁や太い柱には歴史を感じるが、一方で館内は近代的に改装されていて、清潔感がある。
いわゆる、和モダンってやつだ。
自動ドアをくぐると、正面にフロント。
広々としたロビーには革張りのソファと大型テレビ、奥には牛乳やコーラ、アルコール、アイスの自販機が並んでいる。
こぢんまりした売店には、温泉まんじゅうや山菜の漬物など定番の土産品から、柿の種やポテトチップスの乾きもの、キャンディやチョコレートのオヤツが売っていた。
そして――。
一際目を引いたのが、壁際に並ぶ展示物である。
「うわあ、すっげえー! ダンジョンスプラウトの標本だ!」
思わず、声が出る。
枯れたダンジョンスプラウトを縦に割り、観音開きにした標本。
さらに右側の天井や外壁は、内部が観察しやすいよう丁寧に取り除かれており、迷宮の構造が一目で分かるようになってる。
ガラスケースに入った、それが十二個。
コロちゃんも凛花もみのりも、みんな目を輝かせていた。
当然だ。俺たちは、ダンジョンスプラウトのガーデナーなのだから。
こんな物を見せられて、興奮しないわけがない!
「こ、これ、オレの爺ちゃんが手ごわいって言ってたダンジョンスプラウトっす!」
「きゃあ! こっちは1982年の日本大会優勝だって!」
「あらら、まあまあ~。色とりどりでカラフルねえ~!」
俺たちは荷物を置くと、チェックインそっちのけで標本を観察し始めた。
フロントで二時間百円で、ルーペの貸し出しもやっていた。
さっそく借りる。ついでに、チェックインもすませる。
レベル27 火 『プロメテウス』 1982年 日本大会優勝
レベル26 水 『人魚貯水庫』 北海道地区3回優勝
レベル24 土 『ゴーレムの見た夢』 東北地区2回優勝
レベル23 風 『誰も住まない風車村』 関東地区1回優勝
レベル26 土闇 『タルタロス監獄』 近畿地区2回優勝
レベル24 風 『ブリーズ・シュラウド』 中国地区2回優勝
レベル22 光 『忘却機関』 四国地区4回優勝
レベル28 雷 『フルメタル・ラボラトリー』 九州地区9回優勝
レベル25 水 『ネーベルプファード』 テレビ夕日開催ダンジョン育成王決定戦優勝
レベル26 闇 『†漆黒の堕天使の聖域†(ブラック・エンジェル・サンクチュアリ)』 高校生以下ユース全国大会3回優勝
レベル21 火 『さいきょうアルテミットドラゴンのす』 小学生以下ジュニア全国大会2回優勝
いずれも高レベル、強豪ぞろいのダンジョンスプラウトである。
や、やばい! 興奮しすぎて鼻血が出そう。
ルーペでじっくり観察すると、普段は見ることができない剥き出しの迷宮やその細かさに、俺は息を呑んだ。
入り組んだ通路。壁や床に仕込まれた極小の罠。
テーマに合わせて配置された美しい装飾品。
ボス部屋と思しき区画。そこに刻まれた無数の戦いの痕跡。
見れば見るほど情報量が増えて、頭がクラクラしてくる……。
夢中で標本を眺めていると、不意に剛から声を掛けられた。
「みんな、紹介するよ。こちらが遠音荘のご主人、遠野響二さんだ」
剛の横には、初老の男性が立っていた。
濃紺の作務衣に茶色の羽織を重ね、足元は雪駄、腰には「遠音荘」の名が染め抜かれた前掛けをつけている。
きっちり整えた髪は、大半が白髪だ。顔には深いシワが刻まれているが、厳しさよりも穏やかさを感じさせる。特に目尻のシワは、長年笑ってきた証のようだ。
俺たちはワラワラと集まり、出迎えが遅れただの、いえいえ来るのが早すぎただの、日本人的なペコペコとしたお辞儀と挨拶を交わしあう。
「すごいコレクションですね! 博物館みたいだ。俺、感動しました!」
俺がそう言うと、遠野は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。実は旅館業のかたわら、ダンジョンスプラウトの標本制作もやっておりましてね。高レベルや名のあるダンジョンスプラウトを枯らしてしまった方がいると、剛さん経由で依頼が来るんですよ。せっかく育った迷宮だから、綺麗な形で残してあげたいってね」
遠野は、楽しそうに説明を続ける。
標本作りは、ただ真っ二つに割ればいいのでない。
仕掛けを壊さず露出させ、削った部分はパテで補強し、なるべくダンジョンの雰囲気を壊さず観察できるようにと、職人としての腕の見せ所が色々あるのだそうだ。
そう言ってガラスケースを見つめる横顔は、とても誇らしげだった。
遠野は穏やかに笑う。
「もっとも、標本を作っても置き場所に困る方もいますし、持ち主が愛情を失ってしまった場合もあります。あるいは、身寄りのない方の遺品だったりね。そういうダンジョンスプラウトは、こうして私が引き取らせていただいているわけです」
なるほどね。
こういう人がいるからこそ、枯れたダンジョンスプラウトにも価値が生まれるのだな。
アルテミットドラゴンとか堕天使は名前付けミスって成長してから恥ずかしくなってしまい育てるのをやめて、お母さんが世話を引き継ぐパターン。




