理不尽なひじ打ち
俺は剛に、小声で尋ねる。
「ちょ、ちょっと。これ、どういう状況ですか……? みのりさん、まさか『男女二人のお泊まり旅行なんて不純です!』って感じで、保護者気取りなんですかねえ」
剛は首を振り、同じく小さな声で答える。
「いいや、みのりさんに悪気はないよ。君たちの話を聞いて、自分もすっかり行く気になっちゃっただけさ。いわゆる天然だね」
「……天然」
剛は苦笑いして、言葉を続けた。
「とはいえ、君たちが二人で行きたいなら、邪魔しちゃ悪い。みのりさんには俺から適当に話をつけておくけど、どうしたい?」
「そ、そんなの……」
本音を言えば二人で行きたいが、恋人ですらない男の口から、そんなことは言えんぞ!
困ったなぁ。
凛花を見ると、なにかアワアワとジェスチャーしてる。
口をパクパクさせながら、手で大きくバッテンを作り、そのあと指を二本立てている。
えーっと……? 『ダメ、二人きりは』ってか?
よし、完璧に理解した!
「一緒に行きましょう」
俺がそう言った瞬間。
凛花の口が、ポカンと大きく開いた。
剛も少し意外そうな顔をする。
「いいのかい?」
「はい。もともと、俺たちだけじゃ宿は取れませんでしたしね。それに、旅は仲間が多い方が楽しいですよ」
「それじゃ、みんなで行こうか。部屋は四人部屋が二部屋だから、まだ数人は誘えるよ。明日までなら予約の変更がきくから、誰か連れて行きたかったら連絡してくれ」
剛とみのりは、公民館の奥へと散った。
「やれやれ。最初の予定とはずいぶん違っちゃったなぁ……。それにしても部屋が取れて、本当によかったね、凛花ちゃん! あだぁっ?」
俺が笑いかけると、凛花は怒ったような顔で、俺の脇腹を肘で突いた。
なぜだ。
理不尽である。
色々とあったが、本日のレイドも無事に終了。
順調に経験値を稼ぎ、次の拡張も近づいてくる。
ダンジョンが一回り大きく成長する時こそ、ダンジョンガーデナーをやっていて一番ワクワクする瞬間だ。
と、あそこにいるのはコロちゃんだな。
今日は春らしく、水色のワンピースを着ている。
「やあ、コロちゃん。今日も可愛いね」
「あ、ありがとうございます……。玄さんが、クローゼットを貸してくれるおかげです」
レイド会のある日のコロちゃんは、俺が公民館に出かけた後で、部屋に入って女装をしているようだ。
約束通りにクローゼットを汚すこともなく、それどころか逆に軽い掃除までしてくれている。
帰りは俺より早く帰って、男子服に着替えて外に出ている。俺もそれを見越して、軽く用事などを済ませてから部屋に戻るようにしていた。
それにしても俺の部屋って、はたから見れば疲れた顔の中年男と、目つきの悪いヤンキーと、やたら可憐な女の子が、交互に出入りしてるってことになるよな……。
うーむ……ご近所さんから、どう思われてるんだろう?
「あ、そうだ。コロちゃん。ゴールデンウィークって予定ある? 実は、剛さん、みのりさん、凛花ちゃんと、一泊二日で温泉に行くことになってね。……全員、知り合いだよね?」
「わ、わあ! 温泉ですか、素敵ですね。は、はい。みなさん、知ってます。凛花さんとも、何度もレイドしてます」
「よかったら、コロちゃんも行かない? 行きと帰りの車とガス代は、大人連中が出すからさ」
そういって宿の代金を伝えると、コロちゃんはパッと表情を明るくする。
「い、行きたいです! じょ、女装のことはヒミツにしてますけど、旅行なら、パパとママもお金だしてくれると思います」
「うん。それじゃ当日、朝十時に駅前集合で」
「は、はい! わあ……みんなで旅行なんて、楽しみですっ」
俺は笑顔で去り行くコロちゃんに手を振りながら、一人呟く。
「……パパとママか」
ヤンキーモードの時は、親父とおふくろ呼びだったのに。
俗に『猫を被る』なんて言葉があるが、あの子の場合は女装をすると、本性そのものが可愛い子猫に変わるようだ。
まあ、見た目は犬っぽいけども。
コロちゃんは一体、どんな大人になるんだろうなぁ。
きっとあの子は、これから色々な悩みや壁に直面するだろう。
俺みたいなダメな大人にできるアドバイスは少ないだろうが、クローゼットの時みたいに、何か力になってあげたいと思う。
「っと、そうだ! 栄養剤を買わないと……お姉さん、まだ店やってるかな?」




