実験サンプル82号(株)アゾット製薬 2回目のクリアログ
『実験サンプル82号(株)アゾット製薬』
迷宮を見上げた。
天を突く黒塔――いや、塔というより、闇そのものが地上へ染み出して固まったような異様。
初めて見た時には、そこしれぬ恐怖を感じたものだ。
しかし三度目ともなれば、もう慣れた。
また、ここに来たな。誰かがそう呟き、誰も否定しなかった。
前回、我々は最上階まで辿り着き、金色のコアへと到達した。
しかしそれは悪夢を思わせる死闘の末の、あまりに危うい勝利だった。
今一度、完全なるクリアを目指して――我々は足を踏み入れた。
第一層
壁という壁から紫の水晶が鋭く突き出し、薄闇の中で燐光を放つ。
その光は装備の縁を青白く浮かび上がらせ、こちらの存在を闇へと告げる。
前方で、無数の光点がちらついた。
グレムリンだ。
煌めく大目玉の小悪魔が、天井や壁に張り付きながら、耳障りな舌打ちを響かせる。
百はいる。だが、数だけだ。
青白い剣閃が奔り、紫紺の闇を切り裂く。
悲鳴が連鎖し、群れは一瞬で逃げ惑った。
肩慣らしにもならない。
――本番は、この先だ。
第二層
黒色の毛並みの鼠どもが、光そのものを齧りながら駆け回る。
ライトイーターは、一匹ならただの害獣。
だが群れれば、災厄だ。
奴らが通った場所から、光が死ぬ。
そして闇が生まれる。
闇が満ちれば、今度は漆黒のカラスが襲い来る。
カラス相手に致命傷は負わないが、体力は徐々に削られる。
前回の構造を覚えていたはずだったが、迷宮そのものが形を変えていた。
通路が増え、階段が消え、壁が移動している。
焦り始めた頃、後方で光が一つ消えた
振り返ると、松明を齧られた仲間の肩に、カラスが群がっていた。
追い払う。走る。
また灯りが消える。
それでもなんとか上階への道を見つけ出した。
第三層
薄暗い空間に、無数の人形が並んでいる。
兵士。女。子供。司祭。老人。
素材も大きさも異なるそれら――その全てが、こちらを見ている。
視線を逸らす。それだけで配置が変わる。
瞬きをすれば、先ほど遠くにいたはずの一体が、数歩先に立っている。
この階では、視界に「闇」を生んではならない。
松明を掲げ、円陣を組み、後退するようにじりじりと進む。
ふと気づくと、人形がすぐ隣に立っていた。
心臓が凍りつく。
だが、斬るな!
壊せば、視界に影が生まれる。
影は闇となり、闇はさらなる闇を呼ぶ。
そして連鎖が始まれば、もう止まらない。
暗闇の奥で、不気味な笑い声が響いた気がした。
第四層
この階だけは、異様なほど明るかった。
無数のクリスタルが眩く輝き、窓からは自然光まで差し込んでいる。
しかしこの迷宮が、敵に優しいはずもない。
足元の影が、動いた。
床に貼り付いていた影が剥がれ、意思を持つように襲い掛かる。
影の手が伸びて、一人の首を締め上げる。
助けようと伸ばした腕を、今度は別の影が掴む。
光を壊せ! 誰かが叫び、クリスタルを叩き割る。
強い光が消えると同時に、濃密な影も力を失った。
第五層
フロアに待ち構えるのは、三体のレッサーデーモンだ。
黒炎が走る。奴らの炎は熱ではない。
盾で受けた箇所が浸食され、炭のように黒ずんだ。
敵の連携は三位一体で巧みだった。
一体が炎で行く手をふさぎ、もう一体が側面を突き、最後の一体が背後を狙う。
だが――背中を預ける意味なら、こちらも知っている。
二体を食い止め、一体を集中攻撃でしとめた。
連携を失った悪魔など、ただ牙を剥く獣に過ぎなかった。
第六層
――リィィィン……ゴォォォン。
鐘が鳴る。
同時に周囲が一段、暗くなる。
ここは、時と共に闇が増す階層だ。
六つ目の鐘が鳴れば、凶悪な何かが姿を現す。
初挑戦の時、我々はそれを聞いた。
……いや、“聞いてしまった”。
あの時、真っ黒な闇の中から異形が現れた。
尖ったような輪郭と、複数いたこと、仲間の絶叫だけは覚えている。
三つ目の鐘が響く。
全員でフロアに散らばった。
焦燥感が身を焦がすが、あせっても先へは行けない。
五つ目の鐘が響く。
散会した仲間から、集合を呼びかける合図が上がった。
暗闇にぼんやりと、文字が浮かんでいる。
闇の中でしか見えない道標。
我々はそれを追い、ほとんど転がるように上階へと飛び込んだ。
六つ目の鐘が鳴る直前だった。
暗闇の奥で、四つの巨大な瞳がこちらを見ていた。
第七層
壁一面に鏡が貼られ、自分たちの姿が無限に続いている。
フロアを突破してふと気づくと、人数が一人増えていた。
ドッペルゲンガー。姿も記憶も、口調さえも完全に同じ存在だ
コピーされた本人でさえ、自分が本物かを疑い始める。
前回、我々は判断を誤った。
区別できないまま、先へ進んだのだ。
その結果、上階で後ろから襲われて致命的な隙を晒した。
だから今回はみんなで決めていた。
見抜こうとしない。同じ姿が並んだら、両方を気絶させる。
一人を昏倒させると、残った一人が肩をすくめた。
気にするな。俺でもそうする。
……今でも分からない。
一体、どちらが本物だったのか?
第八層
首無しの黒騎士が巨大な鎖付きの鉄球を振り回す。
放たれた鉄球は、正確無比にこちらの居場所を打ち砕いた。
どういう方法で位置を感じ取っているのかはわからない。
だが目がないのだから、視界に頼っていないのは確かだろう。
周囲には二層目にいたライトイーターがチョロチョロと走り回り、こちらの松明や壁のクリスタルの光を齧り取る。
ただでさえ厄介な相手なのに、辺りが闇に包まれれば騎士に対抗する術はなくなる!
前回はここで、ドッペルゲンガーの横槍まで加わった。
血みどろの死闘だった。
だが今回は違う。余計な妨害はない。
――相手が強いだけならば、十分に攻略できる。
全員で黒騎士を包囲し、狙いを散らす。
鉄球が唸る。
咄嗟に跳ぶ。
直後、轟音。
鉄球は壁に激突し、そこへ群がっていたライトイーターどもをまとめて粉砕した。
黒鼠の悲鳴。
喰われていた光が、パッと宙に弾ける。
――なるほど。
二人がライトイーターを追いかけて、騎士の射線上へと誘導する。
振るわれる鉄球が、鼠ごと闇を叩き潰す。
数が減る。
光が戻る。
視界が開ける。
そうして戦いながら、ひとつの隙を見つけた。
巨大な鉄球を振り切り、鎖が限界まで伸び切った瞬間。
その一瞬だけ、黒騎士の動きが止まる。
そこだ!
伸び切った鎖へ、全員で武器を叩き込む。
一度。
二度。
三度。
少しずつだが、確実に傷を刻む。
そして黒騎士が鉄球を引き戻そうとした直後、その時はやってきた。
――ピキン。
澄んだ破断音が響いた。
空中で、鎖が断ち切られる。
制御を失った鉄球は、そのまま大きく弧を描き――
首無しの黒騎士、自らの胴に直撃した。
巨体が膝をつく。
全身に紫黒の亀裂が走り、黒騎士は轟音と共に崩れ落ちた。
同時に、残っていたライトイーターも散り散りに逃げ去る。
静寂。我らの勝利だ!
生き残った皆で意気揚々と、最奥のコアへと手を触れた。
帰還後
七人で挑み、一人を欠いた。
代償はあれど、これを「勝利」と呼ぶことに異論はあるまい。
闇を攻略するために、闇に堕ちる必要はない。
必要なのは、光と影の理を見極め、時にそれを逆手に取ること。
時には敵の攻撃すら武器へと変えること。
そして、どれほど深い闇の中でも、冷静さを失わないこと。
闇の先に、一筋の光が見えた気がする……。
数多の死線と敗北の末に、我々はついに「熟練者」へと到達した!
ダンジョン攻略成功 クリア済み 経験値4125




