ログの改竄
なぜ、怒る? どうして、悲しむ必要がある?
そう問われて、俺は答える。
「だってそれは……育ててれば当然、愛情とか湧いてくるだろ。そういうのがあるなら、苦しんでるのを見て腹立たしく思うだろ?」
俺の至極真っ当な(はずの)意見に、理央はケラケラと笑い出した。
「あ、愛情って……。アタシはダンジョンスプラウトに愛情なんて持ってないよ。ただ、研究対象として興味深いだけさ。『82号』が勝とうが負けようが、それは単なるデータの一部だ。なんならこっぴどくやられてくれて、実に興味深いとすら思っているよ!」
楽し気に笑う彼女を見て、俺の中で、理央に対する否定的な気持ちが一気に膨れ上がった。
冷酷な研究者。マッドサイエンティスト。
そんなレッテルを貼り付けようとした瞬間、「でもね」と彼女が言葉を継いだ。
今まで見たこともないような、真剣な表情で。
「これでも、自分の研究はプライド持ってやってるんだよねえ。アタシの研究はいずれ、人とラビリミンを繋ぐ新たな架け橋になるよ! ダンジョンスプラウトと、それを育てる人。彼らをより良い未来へ導くのは、他でもないアタシの研究だ。そう思うからこそ、アタシは夢中になれるんだよ。えひ」
すごくキラキラした目をしている。
悔しいことに、ちょっと魅力的とすら思えるほどに。
………互いの未来を想い、そのために必死で頑張ること。
それは、愛情とは違うのだろうか?
理央は、鉢植えを籠へとしまい込む。
「『82号』のラビリミンが、ショックから立ち直るのはしばらくかかりそうだ。ログ交換、今日は無理だね」
「あっ! そうだよ、ログ! どうすんだよ。ログ見られたら、外に持ち出したことバレるだろ!」
慌てる俺に、理央は平然と言う。
「んー。そこは大丈夫。改竄しちゃうから」
「改竄って……。ログは編集不可能だろうが」
常識だ。ダンジョンスプラウトのログは、読み取り専用。
人間が書き込みできるのは、まだレイドが行われておらずログが真っさらな状態、つまりは「名付け」の瞬間その一度きりだ。
後にも先にも、そこしか干渉の余地はない。
無理に弄ろうものなら、データが破損して読み取り不能のバグ文字列に成り果てる。
そんな俺の懸念を、理央は首を振って否定した。
「アゾット製薬の研究ラボを想像してみてよ。あそこには数えきれないほどの鉢植えが並んでいて、その一つ一つに固定式のラビスコープが設置されてる。ログも健康状態も、全部マスター機が吸い上げて管理してるんだ。個人端末に来るのは、そのバックアップなのさ。要は、親機のデータさえちょいちょいと書き換えちゃえば、今日この場所で対戦した記録なんて、最初っからなかったことになるんだよ」
「いや、鉢植えの方を直接見られたら終わりだろ」
俺の指摘に、理央は肩をすくめる。
「見られたら、ね。でもさぁ、ズラリと並んだ百個近い鉢植えの中から、わざわざ個人のラビスコープを持ち出して、『82号』の個体ログだけ覗き見ようなんて物好きな人いると思う? ……いたとしても、確率は限りなくゼロに近いね。経験値の増減も、剪定の回数をいじればごまかせる。時間が経ってログが積み上がれば、お兄さんとの対戦記録なんて奥の奥に埋もれちゃう。そうなれば、もう誰にも見つけられないよ。それにね……」
理央は、めっちゃくちゃ悪そうな笑みを浮かべた。
「前にも言ったけどね。バレても、アタシはクビにならないんだ。えひひ! なんせ、アタシが抜けたら……会社は、ものすごーく、困るからねえ。えーっひっひっひぃ!」
魔女か。こいつ。
と、理央が気持ち悪い(本当に気持ちの悪い!)甘えるような猫なで声を出して俺の腕を取った。
「ねえ、ねえぇん、お兄さぁん。来週も、アタシとレイドしてよ。というか、『82号』が勝つまで戦わせてよぉ」
「嫌だよ。お姉さんとつるむと、いつか大問題に巻き込まれそうだ。お断りだね」
「えっひひひ……そんなこと言わずに! 頼むよ、お兄さん」
「だから、ダメだって」
「えっひひひ……そんなこと言わずに! 頼むよ、お兄さん」
「おい! これ、ドラクエとかによくある『はい』選ばないとループして先に進まないやつ!」
理央は俺の腕をガッシリ掴んで、離そうとしない。
まさか、リアルでこの流れを体験する日が来るとは思わなかったぞ……。
俺は頭を掻きながら、不承不承に頷いた。
「――ったくもう。じゃあ、お姉さんが来週以降、会社で問題起こさないなら、また戦ってあげるよ。そのダンジョンスプラウトも、今度は許可をもらって持ち出してくること! さっきも言ったけど、なんかあって、俺にまで咎が及ぶのはごめんだからね」
「えひひ。わかったよ。ありがと、お兄さん。その条件を飲むよ。……一応、確認だけど、いま作成中の始末書と、現在起こしてる問題についてはノーカンだよね?」
俺も大概、不良社員の自覚はある。
だが、この薬師寺理央に比べれば、自分がいかに善良な市民であるかを痛感せずにはいられなかった。
そんなこんなでレイド会は終了だ。
凛花やコロちゃんと別れの挨拶をした俺は、駅の方へと足を向ける。
誰かと話をしたい気分だった。それも、俺よりダンジョンスプラウトの知識や経験のある、誰かと。
行ってみるか。
久しぶりに……あそこへ。




