精神の鏡像
理央がアクリル製の橋(思いっきりアゾット製薬の備品シールと『持ち出し禁止』のステッカーが貼ってあるが、もう突っ込まない)を互いの鉢植えにかけて、レイド開始。
俺の方からは七体、漆黒のダンジョンからは八体のラビリミンが出てきて、敬礼(*>ω<*)ゞを交わすと入れ替わるようにダンジョンへと入っていく。
「よし、始まったな」
レイドの開始を見届けた俺は、パイプ椅子を二つ持ってくる。
「ありがとね、お兄さん」
理央はひょいと腰掛けると、カバンからカップヌードルと水筒を取り出した。
慣れた手つきでフタを開け、そこへ生卵を割り入れる。
水筒の蓋を開けると、中のお湯をドバドバと注いだ。
な、なんだってぇー!?
よくもこんな人目がある場所で、そんな休日の部屋でダラけきって食うようなランチができるものだ。
そりゃあ安くて楽で美味かろうが、完璧に『女』をやめてやがるッ!
俺が呆れた目で見ていると、理央は笑った。
「えっへっへ……。あげないよ」
「いらんわ!」
まったく、もう。
さて、今日は中華弁当だ。酢豚に春巻きに、エビチリ、シューマイ。
少々味が濃い目だが、こういうオイリーな味付けは、たまに無性に食べたくなるよな。
理央が弁当を覗きこみ、言った。
「お? 同じ中華とは。気が合いますなぁ、お兄さん」
「俺が奮発して買った750円の中華弁当とその雑な飯を一緒にしないでくれる!? つーか、カップ麺を中華扱いするやつ初めてみたぞ」
「えっひひひ。そろそろアタシも食べよかな」
理央はワリバシをパチンと割ると、表面をぐるりと回転させて卵を底に沈め、チュルチュルと麺を啜り始めた。
食事中、最新の研究について、色々と興味深いことが聞けた。
ダンジョンスプラウトは『まだ人類には観測できない方法』で人の精神に触れ、その心の断片を迷宮という形に変えていると考えられてるそうだ。
「属性ってあるでしょ? お兄さん、あれどうやって決まるか知ってる?」
「野生では環境で、飼育下では持ち主によるって話だよな」
「そうそう。でもさぁ、不思議じゃない? 種には目も耳も、脳すらないのに、どうやって持ち主の影響を受けるんだろうね?」
「言われてみれば……。その通りだな」
「一説にはね。ダンジョンスプラウトはなんらかの方法で、人間の精神を読み取ってるんだって。で、その読み取りの過程で、人間側にもバグというか、『作用』が起きちゃうわけ。……例えば、本来見えないはずのオーラが見えるようになるとかさ。それが今、もっとも支持されてる仮説なんだよね。えひひー」
「へえ。なんか、ニュータイプ能力みたいだな。ああ、刻が見えるってか?」
「そうそう。ララァには、またいつでも会えるからいいよね? ってね。ふへへ。オールドタイプのアタシはさながら、健気に戦うアイナ・サハリンだね」
自己評価高すぎだろ。
その兄のギリアスか、テム・レイくらいがちょうどいい。
「アタシは、酸素欠乏症にはならないよ」
こ、こいつ……!
俺の脳内を直接!?
「ファミチキくだちゃい。えひひ」
「もう、ええわ」
本当にふざけた奴だ。
理央は器に残ったスープと半熟卵を一気に口へ流し込み、ムグムグと食べながら話を続けた。
「……んぐ。あのね、ダンジョンスプラウトにファンタジーな魔物が生息し始めたのは、人間が飼育を始めてからなんだ。それ以前は野生のログを遡る限り、中にいたのは単なる『ジャングルの生き物のミニチュア』でしかなかったらしいよ」
「へえ、そうなのか」
「もっとも火や雷、風や闇を操る精霊種は、当時から確認されてるけど……えひっ。野生動物にとっての『理解不能な自然現象』ってのが、たまたまそういう形を取っただけなんだろうね」
「となると、やっぱりダンジョンスプラウトは人間の脳内を読み取って、ダンジョンを構築してるってことになるな」
「そうだね。ま、現状、どのタイミングで精神の読み取りが起こるのか、芽吹いたダンジョンが本当に個人の精神を反映したものなのか、特定する手段が何もないわけじゃん?」
「だな。属性とかもあるけど分類が大雑把すぎて、その人を証明する材料にはならないしな」
「精神の読み取りもトップバリュのアルミホイルを頭に巻いときゃ防げる程度のものなのか、あるいはユングの唱える『集合的無意識』みたいな、もっと深淵でオカルトな領域に根ざしたものなのかは、まったくもって不明なんだけど……」
理央はパイプ椅子をガリガリと引きずって、急に俺の体に密着するほど詰め寄ってきた。
あまりの近さに、思わずのけぞる。
彼女はその空いたスペースをさらに埋めるように、下から顔を覗き込むようにして、逃げ場を塞ぎながら言葉を続けた。
「でもさぁ〜ッ! お兄さんがその冥属性のダンジョンを芽生えさせたってんなら、他の誰も満たすことができなかった何かの条件を、お兄さんだけがクリアしちゃったってことになるよねえ……? それがなんだか突き止められれば、色んなことが一気に見えてきそうじゃない!? アタシはそこに、猛烈に興味があるわけ。えひひっ!」




