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刺客


 桟橋から釣り糸を垂らすアシュレイ様とガウディ。わたしは少し離れた木の根元に敷物を広げて、木漏れ日の下から二人の様子を眺めていた。


 こういう長閑な時間って久しぶりだ。親が死んでから必死に生きてきたので、こんなふうに心がなぐことなんてほとんどなかったように思う。

 とんでもないことに巻き込まれたけど悪いことばかりじゃない。無条件で好意を向けてくれるアシュレイ様との時間は、わたしにとって宝物になるだろうな。

 役目を終えたら消えてしまう。だから今を大切にしたい。


 きらきら輝く水面に銀色の魚が跳ねる。ガウディがどんどん釣り上げる一方、アシュレイ様の竿が上がらない。

 子供だからなのか、それとも年季の違いか。アシュレイ様は釣りが苦手らしく、糸が風に揺れるのを魚が引いていると勘違いして糸を上げてしまうのだ。


「あれ? でも今日は違うかな?」


 何度かやって理解したのか、今日のアシュレイ様ははしゃぐことなく釣り竿を手にしたまま、静かにじっと湖面を見つめている。

 これも成長かなと思いながら声に出さずに応援していたら、アシュレイ様がついに魚を釣り上げた。


「やったわ!」


 ばちばち跳ねる大きな魚。

 わたしは声を上げてアシュレイ様に走り寄った!


「アシュレイ様凄い!」


 ガウディはたくさん釣っていたけど、そのたくさんの魚よりも遥かに大きい。アシュレイ様は得意げに「こんなの大したことじゃないよ」と言いつつも嬉しそうだ。


「今夜のご飯にしましょうね」と言った時、わたしとアシュレイ様のやり取りを見ていたガウディが釣竿を放り投げて立ち上がった。甲冑がガシャンと嫌な音を立てる。さらにはアシュレイ様も釣り上げた魚から手を離す。魚は釣竿ごと湖面に沈んだ。


 どうしたのかと二人を交互に見る。ガウディは兜をかぶってしまったので表情は窺えないけど張り詰めた雰囲気は伝わった。重たい甲冑に全身を包まれているのに風のように凄い速さで駆け抜ける。

 訳が分からず唖然とするわたしの手をアシュレイ様が掴んで走り出した。


 桟橋を駆け戻ると黒い人影が見えた。一人二人の数じゃない。十以上の影が森から溢れるように出てくる。ここでようやくアシュレイ様を狙った刺客だと気づいた。このまま桟橋にいたら逃げ場がなくなってしまう。


 アシュレイ様が呪いを受けて子供になってしまったことがばれたのだ。刺客がどこの誰から放たれたのかなんて分からないけれど、とても危険な状況なのは理解できた。

 怖くて足がすくむ。足がもつれてアシュレイ様に手を引かれたまま転んでしまった。


「ガウディ!」とアシュレイ様が声を上げると、ガウディは振り返りもせずに腰のあたりに装着していた剣をアシュレイ様に向かって放り投げた。かなりの距離があるのにまっすぐ飛んでくる。細身で短い剣。アシュレイ様は取り落とさずにキャッチする。


「ラナ、逃げるよ!」


 アシュレイ様の青い瞳は鋭く研ぎ澄まされていた。ぐっと引かれて立ち上がるのを助けてくれる。アシュレイ様の向こうではガウディが黒い影たちと戦っていた。影は血飛沫をあげて倒れていく。

 恐ろしい現実に蒼白になるわたしにアシュレイ様が「ラナ!」と強く呼びかけた。

 逃げなきゃいけない。

 ガウディは強いと聞く。でもあんなにたくさんの敵を相手にたった一人でどこまで太刀打ちできるのだろう。騎士という職業は知っていても彼らの能力がどんなものなのかなんて知る機会はなかった。


 ガウディが死ぬかもしれないと思うと怖かった。でも逃げなきゃいけない。ここにとどまってもわたしには何もできない。いい大人なのに動転して、アシュレイ様に手を引かれてようやく逃げなくてはいけないのだと理解したほどに、わたしはこの状況に不慣れだった。


 アシュレイ様に手を引かれ、導かれるまま薄暗い森に入る。湿った地面や生い茂る草が邪魔をした。

 必死になって走るのに背後から迫る敵の音が聞こえてしまう。それはどんどん大きくなって恐怖で悲鳴をあげそうになった。

 途端、アシュレイ様が方向を変えた。ぐっと腕を引かれてのたうつわたしの横を、剣を前に突き出したアシュレイ様が駆け抜ける。肉を割く嫌な音が耳に届いた。何が起きたのか分かったのに、まさかアシュレイ様が? との思いが強くて理解できない。

 振り返るよりも早くふたたび手を取られて森の奥へと走り抜ける。アシュレイ様が持つ剣が血に濡れていた。わたしの真後ろに刺客がいたのだ。その人の血。


 なんで、どうして。

 子供に人を切らせてしまった。死んだのか、それとも怪我をしたのかなんて分からないけど、わたしがそうさせた。


 こんなときなのに罪の意識にさいなまれる。わたしがやらなきゃいけなかったのに。ガウディと離れた今、アシュレイ様を守れるのはわたしだけなのに、突然のことに驚いて怖くて何一つ正しい判断も行動もできていない。


 またもや背後からは足音が近づいてきていた。もしかしなくてもわたしは足手まといだ。アシュレイ様にもしものことがあったら呪いを解くなんていっている場合じゃなくなる。わたしがいなくなったらトゥーリがなんとかするだろう。


「アシュレイ様、一人で逃げてください!」


 わたしが殺されている時間の分だけアシュレイ様は先に進める。アシュレイ様は細身だけどその分だけ身軽だ。追いかけっこの俊敏さはどんな子供よりも群を抜いている。わたしの手を引いて走るより一人で走る方がずっと速い。

 だからアシュレイ様の手を振りほどこうとした。なのにアシュレイ様は離してくれない。


「駄目です。アシュレイ様、手を離して!」

「誰が離すか!」


 アシュレイ様がわたしに飛び着いた。その瞬間。

 ずぼっと地面が抜けてわたしたちは闇にのまれた。





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