魔物の巣
地面がなくなったら下に落ちるのは当然だ。
突然の浮遊感と共に落下していく中、アシュレイ様をぎゅっと抱きしめて衝撃に備えた。
わたしは怪我をしてもいい。打ちどころが悪くて死んでもいい。だけどアシュレイ様だけは守らないと。そんな使命感で一瞬のうちに彼の頭を抱き込んだのだけれども……。
ふっと体が浮いた感覚を覚えて、恐怖から閉じられてしまっていた目を開けたら淡い光に包まれていた。
「え? 魔法?」
暗闇の中でわたしたちだけがほんのりと光を放って宙に浮いていた。何が起きたのかわからず瞳を瞬かせている間にゆっくりと下りていくと、衝撃を受けることなく地面に足がつく。
「え? え? これってもしかして魔法……ですか?」
初めての経験にびっくりして、アシュレイ様を抱きしめたまま周囲をきょろきょろと窺いつつ呟くように漏らした。
「そうだよ。ごめんねラナ、怖いことに巻き込んで」
「それはアシュレイ様のせいではありません。怪我をしていませんか?」
「大丈夫。ラナは?」
「わたしも大丈夫です。それでここは?」
「モグラの巣。と言っても魔物だけど。穴から獲物が落ちるのを待ってるんだ」
「穴……」
見上げるとはるか高い位置から光が漏れていた。あそこから落ちたのだ。まともに落ちていたらよくて骨折、悪くて息絶えているだろう高さに身震いする。
「ここに穴があるって知っていたのですか?」
「ううん。でもモグラがいることは予想していたから、どこかに穴があるだろうと探していた」
なるほど。パニックに陥っていたわたしと違って、アシュレイ様は闇雲に逃げていた訳じゃなかったのか。いい大人なのに恥ずかしい。
「ここは危ないから離れよう」
「奥に進むんですか?」
「こんなことでボクが死んだとは思わないだろうから奴らも降りてくる。モグラは音に敏感だ。気づかれないようになるべく音をたてないで」
「分かりました。だけどアシュレイ様……凄いですね。わたし何も知らなくて。役に立つどころか足手まといだし。ごめんなさい」
「……ガウディに教えてもらったから知ってるだけだよ」
ガウディもこんなことが起きるかもしれないと予想していたのか。わたしは魔物のことについてはさっぱりなのに。アシュレイ様は騎士だから、敵から逃げるために地下にある魔物の住処を利用するようなことを学ぶ必要があるのね。
「ガウディさんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。ガウディは強いから」
「でもあんなにたくさんの……」
言いかけて口を閉じた。だってアシュレイ様を不安にさせるだけだもの。わたしが不安に感じていることを表に出すのもよくない。子供は敏感だ。今のアシュレイ様は落ち着いているけどいつ混乱して泣き出してしまうか分からない。
「ラナはガウディのことが好き?」
アシュレイ様は手のひらから淡い光を出して辺りを照らす。ほんのりと浮かび上がる横顔は十代前半の少年にしては凛々しく感じた。
「好きですよ、短いですけど一緒に暮らしていますし。もちろんアシュレイ様のことも好きですよ」
「うん、ボクもラナが大好きだよ」
そう言ったアシュレイ様は肘を突きだした。
「剣を持って灯りを出してるから手を繋げない。離れるといけないから腕を回してくれる?」
「はい、分かりました」
「絶対に離さないでね」
言われてアシュレイ様と腕を組んでぴったりとくっつく。
「あまり明るくできなくてごめんね。モグラに気付かれると厄介ってのもあるけど、魔力を温存したくて」
明かりが消えるのは怖い。それにモグラの魔物も。地下の洞穴は大きくて、これに見合った大きさの魔物だと思うと本当に怖かった。それに奥へと進んで外に出られる保証もない。アシュレイ様を頼るしかないけど中身は子供なのだ。
……あれ? それにしてはずいぶんと落ち着いている気がする。
わたしは引っ付いているアシュレイ様を見下ろした。
身長は変わってないみたい。だけど出会った当初のアシュレイ様とは確実に違うと感じる。もしかして少し成長したのだろうか。五歳児と話している感じがなくなっている。
「アシュレイ様。なんだか昨日までと違いませんか?」
「そんなことないよ。ボクは今日もラナが大好きだから」
好き嫌いのことを言ってるんじゃないんだけど。まぁ今この場で考えることでもない。なんにしてもわたしがアシュレイ様を守らなきゃ。最悪モグラの餌になってでもアシュレイ様を無事に地上に出さないと。でも情けないことに、そのためにはアシュレイ様の魔法が必要だ。灯りがないと前も後ろも分からないから。
モグラに食べられるのは怖いなと思いつつ、胸元に手を伸ばすとぷにっとした塊に触れた。よかった、サラちゃんも無事だ。
小さな灯りを頼りに奥へと進んでいく。どこまで続いているのか、出口がどこにあるのかなんて分からない。このまま進んでも大丈夫なのかな、ばったり魔物に出会ってしまったら……襲われるのを想像すると怖いので考えるのはやめよう。
それにしても刺客はいったい誰から差し向けられたのだろうか。アシュレイ様はガウディやトゥーリから聞いて知っているのかな。だけど聞くのは躊躇われる。もし五歳児より成長が進んでいるのだとしても子供に違いないのだから、命を狙う相手の心当たりなんて口にさせたくない。
そんなことを考えながら歩いていたらアシュレイ様が立ち止まった。どうしたのだろうと首を傾げたのも束の間、前方から何かを引きずるような音がした。アシュレイ様を守らなきゃとの思いだけで前に出る。ものすごく怖くて体が震えたけどアシュレイ様は絶対に死なせない。魔物からアシュレイ様が見えないように前に立って両手を広げた。




