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怖いから一緒に寝る



 降り始めた雨は夜が更けても止む気配がない。風も強くて窓を叩く音が煩かった。

 寝台の上でごろんと横になって睡魔がやってくるのをまっていたらドアが叩かれる。部屋を訪ねてくるのはガウディかアシュレイ様しかいない。

 扉を開いたら半泣きのアシュレイ様がいた。暗闇の中に大きな枕を抱きしめて立っていた。


「音が怖くて眠れないの。一緒に寝てもいい?」


 枕とアシュレイ様の間にはお気に入りの絵本が挟まっている。彼なりに心を落ち着けようと努力した様子が垣間見えた。

 しゅんとしたアシュレイ様は上目遣いで訊ねると、下を向いてぎゅうっと枕を抱く腕に力を込めた。断られると思ったんだろうな。ぐすっと鼻を啜る様はとんでもなく庇護欲をそそる。


 五歳くらいだとまだまだ母親に甘えたい年齢だよね。見た目が十代前半だから忘れがちになるけれど、アシュレイ様の心は小さな子供なのだ。一人で寝なさいと追い返すのも酷だな。

 駄目だ、拒否できない。


「今夜だけですよ?」

「本当に? やった!」


 わたしは扉を開いて招き入れた。


 ベットの上、二人で壁に背を預けて絵本を開く。怖がっていたアシュレイ様はわたしの腕にしがみついていたけど、お気に入りの絵本を読んであげると外の音は気にならなくなったみたいで、顔のこわばりはいつの間にか解けていた。


 絵本の内容は王子様がお姫様を悪い魔法使いから救い出す話。

 アシュレイ様は王子様。お姫様はサフィラス様で、悪い魔法使いはトゥーリだろうか。

 サフィラス様の顔は知らないので、アシュレイ様とトゥーリを想像しながら読み聞かせる。最後のページは二人の結婚式。大勢の人に祝福されながら王子様とお姫様は誓いのキスをする。


「ボクも結婚式したいなぁ」

「大きくなったらできますよ」

「はやく大きくなりたいな。そうしたらラナと結婚式するんだ」


 にこっと笑う様子に胸が痛む。

 わたしとの結婚式なんて絶対にない。永遠に来ないのに。どうかサフィラス様と素敵な結婚式をして温かい家庭を築いてくれたならと願わずにはいられない。


「そろそろ寝ましょう」


 読み終えたこともあってごまかすように告げて二人して横になる。アシュレイ様が風邪をひかないようにしっかりと上掛けをかけた。嬉しそうにはにかんだ表情が愛らしくてぎゅっと抱きしめてしまった。

 サフィラス様、どうかこの愛らしくも純粋なアシュレイ様を好きになってくださいと願わずにはいられない。


 音に怯えたアシュレイ様がここに来たことをガウディは気づいているだろう。なのに何も言ってこないのは呪いを解かせるため。

 分かっている。本当なら今夜がチャンスなのも分かっている。だけどやっぱりこんな子に手を出せない。アシュレイ様の幸せを願うくせに常識が邪魔をして仕かけることができなかった。


 それにわたしはかつての自分をアシュレイ様に重ねてしまう部分もある。音に怯えて助けを求めてきたアシュレイ様から不安を取り去ってやりたかった。

 そんな気持ちがあるのに、呪いを解くための方法が男女の契りだなんて酷だ。簡単に言ってくれるトゥーリは本当に酷いと思う。役目を果たさないわたしよりも酷い。そう思うのはおかしなことだろうか。


 わたしは両親をはやくに亡くして父の弟の家に引き取られた。今のアシュレイ様の精神年齢と同じ五歳の頃だ。

 魔力が膨大だったわたしは叔父夫婦に期待されていた。でも魔法が使えないと分かるや否や、優しかった叔父夫婦は態度を変えた。三人の従妹たちと同じ部屋で暮らしていたのに、その日からわたしの部屋は牛小屋に面した飼料置き場に変わって、彼らの下働きとして働かされるようになった。

 他に頼れる親戚なんていないし、小さな子供ではどうしたらいいのか考えることもできなくて。追い出されても行くところなんてない。雨風しのげる場所があるだけましだった。


 やがて折檻されて怪我をした。殴られるのが怖くて逃げ込んだ教会が保護してくれて、叔父たちから引き離してくれた。

 教会では勉強を教えてくれて、十歳の頃には住み込みの仕事を紹介してくれた。理解のある宿屋の主はそれからも学ぶことを許してくれた。お陰で十八で成人すると町の学校に就職が決まって、貯めたお金で独り立ちすることができたのだ。

 宿屋の主はなにかあったら戻っておいでと言ってくれた。ここを追い出されたら頼ろうかな?

 でもわたしは秘密を知っている。国家に関わる秘密だ。役目を果たしたあとはどうなるのだろう。


「処分されなければいいなぁ」

「しょぶんってなぁに?」


 アシュレイ様があくびをしながらわたしの胸に額をすりすりしている。「なんでもありませんよ」と、アシュレイ様の柔らかな髪をなでなでした。

 一人ぼっちの小さなわたしがして欲しかったことをアシュレイ様にしてあげる。

 五歳児なのに母親の話をまったくしないのは、王子として生まれたアシュレイ様にもなにかしらの背景があるのだろう。わたしに対する甘えはお嫁さんというだけでなく、母親に甘えたい衝動からきているのかもしれない。それが正解なら存分に甘えさせてあげたかった。


「ラナはあったかいねぇ」


 くわっと口を開けて欠伸を連発するアシュレイ様。「アシュレイ様も温かいですよ」と、ぎゅっと抱きしめたら「ラナ大好き」と言った直ぐ後で寝息が聞こえてくる。

 

 可愛いわたしの王子様。だけどいつまでもこのままじゃいられない。早く呪いを解いてあげないと。あまり長く一緒にいたら、わたし自身が離れがたくなってしまうだろうから。


 生まれも育ちも立場も身分も違う、本当なら交わることなんてなかったはずのわたしとアシュレイ様の世界。わたしは本来の場所に戻らないと。

 でもその時がきたら辛い別れになるだろうな。

 わたしはそう予想しながらアシュレイ様を抱きしめて瞼を閉じた。




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