一緒にお風呂
「冷たい、痛-い!」
天気の急変だ。
霰はすぐに収まったものの、大粒の雨に襲われる。
「アシュレイ様が濡れちゃう!」
「急いで戻りましょう!」
アシュレイ様が風邪を引いたらたいへんだ。急いで帰ろうと立ち上がったものの、長く座って足が痺れていたわたしは無様にもその場でひっくり返った。
「ラナ! 大丈夫!?」
「痛たたた。足が痺れて無理です。ガウディ様、アシュレイ様を連れて先に……きゃあっ!?」
アシュレイ様を連れて先に帰って欲しいと言い終わる前に、ガウディがわたしを抱き上げた。
「アシュレイ様、走れますね?」
「うん。ラナが濡れちゃう。急ごう!」
人生初の抱っこ。しかも抱っこされたまますごい早さで運ばれる。
全身が重たい甲冑に覆われているだけでなく、ひと一人を抱いているのにものともしない速さだ。びっくりして目が点になる。さらにはアシュレイ様も後れを取らずについてきている。ガウディがアシュレイ様の走りに合わせているのかもしれないけれど、どっちにしてもびっくりだ。
それでもお屋敷に着いたらびしょ濡れだった。ガウディは甲冑のお陰で濡れてはいないけど、熱を奪われて冷たくなっているのに変わりはない。
わたしたちはお風呂で温まることにしてエントランスで別れた。
お湯をためて湯船に浸かって「ふーっ」と息を吐き出す。サラマンダーは濡れた服を脱ぐときに頭に移動していた。手を伸ばすとぷにっとしたものに触れるのでまだ頭にいるみたい。
「お湯は大丈夫なのかな?」
トカゲは温度変化に弱いと聞いたことがある。サラマンダーは魔物だし、お湯のせいで死んだりしないよねと不安に思っていたら。
浴室の扉が開いて「ラナー!」と元気にわたしを呼びながらアシュレイ様が飛び込んできた。
素っ裸で。
「きゃーっ!」
中身は五歳でも見た目は十代前半の美少年。突然の出来事にびっくりして悲鳴を上げたわたしは、アシュレイ様の裸を見ないように手で顔を隠して背を向けた。
「一緒に入ろーね!」
「ムリムリムリムリ、絶対無理!」
「ラナ?」
「駄目だから!」
浴槽の縁に手をついたアシュレイ様がわたしの顔を覗き込んでくる。指の間から様子を窺うと、アシュレイ様はきょとんとして無垢な瞳でわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「駄目ですアシュレイ様、わたしを犯罪者にしないでください!」
そこで浴室の向こうから「アシュレイ様!」と咎める声が届いた。悲鳴を聞きつけたガウディが駆けつけてくれたのだ。でも彼は浴室に入ってこれない。うん、それが普通。
広いお屋敷には他にも浴室があるし、これまでこんなことなかったのに急にどうしたのか。
わたしにはアシュレイ様の呪いを解く役目がある。だから裸をみせても平気でいなきゃいけない。
でも、でもね。やっぱり無理だから。
経験不足というのもあるけど美少年な時点で無理だから。
しかも中身は純粋無垢な五歳児。
いや、今のアシュレイ様に厭らしい気持ちがないのは百も承知だけど、一緒にお風呂なんて無理だから!
「ラナが心配なの。一緒に入って温まろうね」
にこっと笑顔で入ってこようとするアシュレイ様。「待って!」と押しとどめるわたし。そしてピョンとアシュレイ様の顔に張り付いたサラマンダー。
「え? サラマンダー?」
「もーっ、邪魔しないでよ」
アシュレイ様は顔に張り付いたサラマンダーを摘んでポイッと放り投げた。サラマンダーは湯船にぽちゃんと落ちて藻掻いている。
溺れたらたいへんだ。わたしはサラマンダーを掬って浴槽の縁に乗せた。するとサラマンダーはアシュレイ様に向かってパカっと口を開けて火を吹いた。
「きゃーっ!?」
ぼっと燃え上がる炎は小さくてすぐに消えてしまったけれど、前髪を焦がしたアシュレイ様が目をぱちくりさせている。
「え? ボクってラナの敵になってた?」
アシュレイ様は瞬きを繰り返しながら呟く。よく分からないけどサラマンダーはわたしを守ってくれたってことかな?
サラマンダーは小さな体で仁王立ち……もとい、四本の足でしったり立ってアシュレイ様を見上げている。使役したのはアシュレイ様だけど、サラマンダーはわたしを守るために使役主への攻撃も厭わないようだ。
小さな体なのに。一生懸命な姿にキュンとしちゃう。
「サラちゃん凄い……」
ついさっきまで邪険に思っていたのに、小さな体で使命を果たそうと頑張る姿に感動して自然と愛称で呼んでいた。
「でもアシュレイ様を攻撃しちゃ駄目だよ」
今回は前髪を焦がすだけで済んだけど、王子様に怪我をさせたらサラちゃんが処分されてしまうかもしれない。だからそうお願いしたら、サラちゃんはぴょんとわたしの頭に飛び乗った。
「ねぇラナ。ボクいけないことしたの?」
アシュレイ様の瞳がうるうるになる。でもこれは許しちゃいけない。主にわたしの都合で。
「お風呂は男女別です」
「トゥーリはお嫁さんとならなんでもしていいって言ってたよ」
トゥーリめ。適当なことばっかり言ったんだろうな。
「なんでもいいわけじゃありませんよ。わたしは大人の女性なので、男性に裸を見られるのは嫌です」
「ガウディにも?」
「ガウディさんに見られるのも嫌です」
「そうか。分かった。じゃあ目をつぶるね!」
言うなりアシュレイ様はぎゅっと目を閉じて浴槽に飛び込んだ。一気にお湯が溢れる。浴室の外からガウディが「アシュレイ様、すぐに出てきてください!」って叫び続けているけど、「目をつぶっているから大丈夫。サラちゃんも攻撃してこないよー!」と言い返していた。
浴槽はぎゅうぎゅう。お湯の中で素肌が触れて大混乱。でも悲鳴は飲み込んだ。
だってアシュレイ様はぎゅっと目を閉じてにこにこ嬉しそうなんだもの。大人の事情を話しても理解できなさそうだ。
そしてサラマンダー改めサラちゃんは。わたしが許しているからだろうけど、頭の上で大人しくしている。
二人とも可愛い、可愛いよ。でもね。お風呂はやっぱり一人で入りたいです。
けっきょくアシュレイ様とお風呂は最後まで一緒だった。
見た目は十代前半なのに無邪気な美少年精神年齢五歳は最強だ。
泡だらけにして頭を洗ってあげたらはしゃいで喜んでいた。その間ずっと目をとじて、頭からお湯をかけたら「きゃー!」ってとても楽しそうにして。
わたしは目を開けていたけどアシュレイ様の大事なところだけは見ないように努めた。そして「ボクが洗ってあげる!」とアシュレイ様に背中を流してもらってしまった。
呪いが解けた後は今日の出来事を覚えているのだろうか。もしそうだったら嫌だろうなぁ。ないとは思いつつも、汚点を残せないとかで抹殺されたりしないよねって考えてしまう。
とんでもない一日だった。
身も心もへとへとだ。
ここに住んでいるのはわたしとアシュレイ様とガウディの三人なので、家事はわたしとガウディで手分けしてやっている。料理はわたしの担当だけど今夜はガウディが代わってくれた。
「簡単な物しか作れませんが」と出されたのは肉を焼いただけの野性味あふれる男の料理。付け合わせに根菜がいくつか乗っている。
身も心もへとへとなので量を少なめにしてもらった。
わたしの頭からぴょんと飛び降りたサラちゃんは付け合わせの芋を舐めて、気に入らなかったのかすぐに頭に戻ってしまった。
サラちゃんって肉食じゃないのね。
「代わりの人が来たりしないんですね」
「代わりとは?」
「ガウディさんの代わりです。少なくともひと月は家に帰っていませんよね?」
ガウディは既婚者。妻と子供が待っている。
役割から逃げ出すかもしれないわたしの監視と、子供になってしまった無垢なアシュレイ様を守る役目。大事な御役目だけど代わりの人がやってきて、ガウディがお休みをする日があるのが普通だと思うのだけど。
「アシュレイ様の現状は極秘でごく一部の者しか知りません。ディード王国にとってアシュレイ様は大きな戦力で、存在は他国への抑止力にもなっています。この状態を知られたら今のうちに抹殺しようと目論む輩がでないとも限らない。ですから交代要員は来ません」
アシュレイ様は弱みに付け込まなければ命を狙えないくらい凄い人なのだ。そんな彼だけど、今はナイフを使わずに大きな肉に齧り付いて格闘している。
「それもこれもトゥーリのせいなのね」
わたしの呟きにガウディは応えなかった。
防衛にとってもよくない状況なのだ。ガウディは口にしないけど、さっさと契ってしまえと本心では思っているのかも知れない。
あれ? ということは、解呪に必要なわたしも同じく命を狙われるかもしれないってこと?
無事に天寿を全うするためにも、解呪は必要なことなのだと今さらながら思い至った。
でもわたしは自分の役目から目を逸らす。
やっぱり無理だよ。こんなに可愛くて純粋なアシュレイ様を大人の世界に引き込むなんて。
「このまま、少しずつ大人になることはできないのかなぁ」
十代前半からのやり直し。覚えていないのだからこのままもう一度人生をやり直すことはできないのだろうか。
視線に気づいたアシュレイ様が綺麗な瞳でわたしを仰ぎ見る。
「ラナ、どうしたの?」
口の周りにはソースがいっぱいついていて、「なんでもありません」と言いながら拭いてあげた。




