お花とサラマンダー
花を摘むのにお屋敷の近くにある河原に三人で向かった。
わたしとアシュレイ様と、護衛のガウディ。
ガウディは頭から足の先まで甲冑に覆われている大柄な男性だ。アシュレイ様は魔法も使えるので、その攻撃から身を守るために甲冑は必需品らしい。彼の甲冑はいたるところがへこんで焦げていた。
本来のアシュレイ様はガウディと同じ騎士として仕事をしている。そのことはわたしも聞いて知っていた。三番目の王子なので国王になる可能性は低い。将来は臣下として領地を賜り治めると決まっていた。
アシュレイ様はその日が来るまで騎士としての仕事に邁進していたそうだ。ガウディは「真面目で良き上司で、安心して命を預けられるお方です」と評価していた。
攻撃の魔法に関しては自称国一番の魔法使いトゥーリと張り合える実力があるらしい。
そんなアシュレイ様は五歳児になってから感情が高ぶると魔法の制御ができない……というか、感情のままに魔法を使ってしまうようになってしまった。
特にトゥーリからわたしのことを「お嫁さん」と教えられたせいで、わたしと引き離されると感情が高ぶってしまい、つい攻撃魔法を放ってしまうのだ。そのせいでガウディの甲冑はへこんで焦げているのだ。
これって完全な刷り込みだよね。
アシュレイ様は素直ないい子だからこんなことになっちゃったのね。
だからガウディは甲冑姿が基本。
でもたまに兜を外していることもある。つい先日ガウディの素顔を初めてみた。
彼の髪と瞳も黒でわたしと同じだった。
黒は魔力を持っている人間に現れやすい色なのだけれど、彼もわたしと同じで魔法は使えない。
全身甲冑に覆われていると巨大な恐ろしい物に感じていたけど、彼の素顔は以外にも普通だった。目元は垂れ気味で優しい雰囲気すら醸し出している。
三十という年齢のせいか、もしくはトゥーリが強烈だったせいなのか。ガウディは落ち着いた優しく頼りになりそうな男性に見えた。
兜を外した時に目が合って笑ってもらえてから距離が縮まった。
それまでは表情が見えなかったから怖い顔をして見張っているのだろうなと思っていたのもあって、自分から話しかけることもなかったし。ガウディも任務中なので彼から話しかけてもらえることもなかった。
でも今は違う。
挨拶をしたら頷くのは……全身甲冑だから仕方がないにしても。話しかけたら兜を脱いで表情がみえるように気を遣ってくれるし、質問には嫌な顔をせず答えてくれて、雑談だってしてくれるようになった。
距離が縮まったので花を摘みながらアシュレイ様のことを聞いたら、「清廉潔白で大変有能なお方です」と返ってきた。主のことを悪く言えないのは分かっている。でも清廉潔白とまで言い切ったので事実に違いない。
「素敵な方なんですよね?」
だって素敵な男性に成長する姿しか想像できないもの。
「そうですね。女性からの評判は悪くありません」
「なのにサフィラス様は嫌っているのですよね?」
ガウディは「そうですね」と、アシュレイ様のことを思ってなのか太い眉を寄せた。
「アシュレイ様はサフィラス様のことを愛していらっしゃるのですよね?」
トゥーリが王女を呪おうとしたのは、王女がアシュレイ様を嫌っていたのを不憫に思ったからだ。彼女の独断でやってはいけないことをしたのは間違いない。でもそこにはアシュレイ様を可哀そうに思う気持ちがあったのだ。
だからアシュレイ様は王女を好きなのだろうけれど……トゥーリを信用していないわたしは念のためガウディに訊ねる。
「契ることでアシュレイ様が不快になるのではと心配しているのですか?」
「ええ、まぁ」
だって結婚相手でもない、庶民で天涯孤独の女となんて嫌だろう。愛する人を裏切ることにもなる。しかも自分の記憶がないうえに五歳児になっている状況でだ。
わたしと契るのは呪いを解くための手段でしかない。わたしは使い捨ての身。悲しいけどあきらめてる。何よりもアシュレイ様が可哀想だとの気持が日々胸の中で大きくなっていくのだ。
わたしの貞操なんて愛らしいアシュレイ様のためなら捨ててもかまわない。ただもう本当にアシュレイ様に申し訳ないのだ。
そんな気持ちを言葉にしなくてもガウディは察してくれる。彼が特別なわけじゃなく誰だってそう思うだろう、ごく当たり前の気持ちだ。
それもこれもトゥーリのせいだけどね!
「サフィラス様のことは婚約者として誠実に接しておいででした。ただ成人して以降に顔を合わせたのがこの事件の直前だったので、私にはアシュレイ様の本心がどうであったかは分かりません」
成人年齢は十八。アシュレイ様の正式な歳は二十四だから六年は会っていなかったってこと?
ちょっとびっくりした。
「政略結婚ってそんなものなんですね」
「我々庶民からすると……いえ、こんな風に思ってはいけませんね」
黒い瞳が遠くへ馳せた。その様はわたしの知らないアシュレイ様の立場や状況に胸を痛めているように思える。ガウディは本当に優しい人なんだろうな。
彼は貴族ではなく、自分の力でアシュレイ様の側にいることを認められるまでになった騎士だ。わたしと同じ平民だから話しやすいけど、妻帯者なのでうっかり惚れないようにしなきゃいけない。
花を摘みつつ花冠を作りながらガウディと話していたら、「ラナー!」とアシュレイ様が手を振りながら駆けてきた。
「できたよ!」
元気に差し出されたのはボロボロの花冠。五歳児ならこんなものだろう。前回よりも良くなってるし上出来。
「赤に黄色に白。たくさんの色を使いましたね」
「ラナに似合うよ!」
にこにこ笑って頭に乗せてくれた。
「ありがとうございます」
「えへっ」
はにかんだ天使はわたしの膝に乗って背中を預けてくる。後頭部がいい感じでわたしの胸にあたるのが楽しいみたい。アシュレイ様は頭を合わせるためにお尻の位置を調整しながら体を揺らしていた。
初めてこれをされた時はびっくり仰天したけど、小さい子がお母さんの膝に座ってやっているのを思い出して「ああ……」と納得した。
アシュレイ様は五歳。五歳児。十代前半の美少年でも心は五歳児。
そう言い聞かせて我慢したのも最初だけ。今ではすっかり慣れっこだ。
隣でガウディがアシュレイ様に何か言いたそうにしている。彼も初めて見た時はびっくりして、アシュレイ様をひょいっと抱えてやめさせてくれたのだ。その後には魔法で黒焦げにされていた。
わたしは大きな五歳児に腕を回して花冠を作り続ける。
こんな可愛い男の子に懐かれていい気分なこともあって、足が痺れてもひたすら我慢していた。
花冠が出来上がるとアシュレイ様の頭に乗せる。銀色の髪にはぴったりで本物の天使みたいだ。
「ラナ、ありがとう。あ、そうだ!」
アシュレイ様はポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。握りしめた拳からニョロっとした尻尾がはみ出ている。
「トカゲ?」
「サラマンダーだよ」
サラマンダー?
手を出そうとしたら「いけません」とガウディに止められた。
「そのまま触ると火傷をします」
「無効化したから大丈夫だよ」
「無効化?」
サラマンダーも無効化も知らない。でも本来は触ると火傷をするトカゲだというのは分かった。
「無効化は分かりませんが、触っても大丈夫ってことですか?」
「うん、そう。ラナのためにしたから持っててね」
拳をぐっと押し付けてくるので両手を広げたら、手のひらにぽとんと赤黒い小さなトカゲを乗せられた。
サラマンダーって……どうみてもトカゲだね。
「ありがとうございます。でも可哀想だからお家に帰してあげましょうね」
「ううん、駄目。ラナを守ってくれるから持ってて」
困ったな。飼い方も分からないし、トカゲは嫌いじゃないけど好きでもない。
悩んでいたらアシュレイ様はサラマンダーを指で掴んでわたしの胸元に押し付けた。
「ブローチになるよ。似合ってて可愛い!」
満面の笑みで満足そうにしている。
これはいらないと言えない。でも虫籠に入れたわけじゃないのでこれなら勝手に逃げてくれるだろう。
せっかくの好意だけどサラマンダーがいなくなるのを期待したのに、アシュレイ様が手を離してもおとなしくひっついている。
どうしようかな、このままずっとひっついているのかなと考えていたら、ガウディが身を寄せてサラマンダーをじっくりと観察し始めた。
「なるほど、これなら大丈夫そうだ。ラナ殿、サラマンダーはたいへん珍しい魔物です。アシュレイ様が無効化したのなら触れても問題ありません。そして恐らく使役されているのでしょう。あなたを守ってくれますよ」
使役って、確か魔法使いが魔物に言うことを聞かせる行為だよね。
それをアシュレイ様がやったってこと? わたしを守る魔物を作ってくれたってことなの?
「アシュレイ様って五歳以降の記憶がないのでは?」
「それでも魔法を使うことは憶えています。今は肉体的に無理がありますが、武器を持って戦うことも体が記憶しているようです」
「身についていたことはできるってことですか? って、アシュレイ様?」
眉間に皺を寄せたアシュレイ様がわたしをぎゅうっと抱きしめた。
「ラナはボクのお嫁さんだから。ガウディとばっかりお話しちゃ駄目!」
これはヤキモチね!
なんて可愛いの!
アシュレイ様がそう主張した瞬間、冷たい風が吹き付けた。
彼の魔法かと思ったけどそうではなくて、北の空から分厚い灰色の雲が流れてきたのと同時に、雨に混じってパラパラと氷の粒が降りだした。
霰だ。




