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やるしかないけど


 夫婦の契りだなんて……解呪の条件はとんでもないことだった。

 アシュレイ様をこのままにしておけないのは分かる。とんでもないことだけどやらなきゃいけないのも分かる。なのに理解が追いつかない。

 そもそも頭の中が五歳児のアシュレイ様にできるのだろうか。


「その解呪方って虐待ですよね?」

「今はこんなだけど、アシュレイ様は成人男性だから大丈夫」

「いや……中身は五歳児なんですよね。無理です。やり方だって分からないでしょうし」

「そこはラナ主導で頑張って。すべてはラナにかかってるよ!」


 トゥーリのせいなのに他人事だ。呆れてため息が漏れた。


「わたしはこのままでいいです」


 呪いだかなんだか知らないけど、トゥーリの魔力がわたしの中に入っていても何も感じない。生きていく上で問題ないならこのままでいい。


「いいわけないでしょ。アシュレイ様がこのままだったらわたしが罰を受けちゃうじゃない! 国一番の魔法使いなのに罰を受けるなんて恥ずかしいことさせないでよ!」

「そんなの知りません」


 罰を受けるのが恥ずかしいなんて。わたしには命の危険があるようなことをさせようとしているのに身勝手な魔法使いだ。


「アシュレイ様が可哀想じゃないの!?」

「幸せそうにしてますよ?」


 わたしにまとわりついているアシュレイ様は終始にこにこしている。とっても幸せそうだ。これは呪いのせいなのか、お嫁さんと言うキーワードのせいなのか分からないけど、わたしに好意を抱いているようで好きだって感情で溢れていた。


「このままじゃ駄目よ。アシュレイ様は騎士としてこの国の守りの要でもあるんだから。他国から侵攻されたり魔物の大発生がおきたらどうするの。アシュレイ様ってものすごい戦力なのよ。解呪できなかったらラナだって叱られるわ。物理的に首が飛ぶわよ!」


 物理的にって……。


「トゥーリの?」

「ラナもよ!」


 めちゃくちゃ焦っている様子からして誇張ではなさそうだ。

 首が飛ぶのは嫌だ。死ぬのは怖い。

 でもやっぱり無理がある。


「せめて見た目だけも、もう少し成長してからでは駄目ですか?」

「見た目なら十分じゃない?」

「トゥーリさんはこのくらいの少年と交わりをもてると?」


 そもそも大人が子供に手を出したら重罪だ。それが王族となると命の危険がある。魔法使いならともかく、なんの力もない平民なんて簡単に処罰されてしまうだろう。


「しかたないなぁ。それならあと十日もしたら実年齢に追いつきそうだし、そのくらいなら待っても平気かな」


 わたしが我儘を言っているような感じになっているけど、これはトゥーリの尻拭いだから。それにわたしは初心者だ。経験なんてないのに、なんにも知らない幼気な心の持ち主を襲わなきゃいけないなんて。きっと地獄に落ちるわ。


 そんなこんなでアシュレイ様が成長するのを待つことになったのだけど。

 どういうわけかアシュレイ様の体の成長が止まってしまった。何日待ってもちっとも大きくならない。

 自称国で一番の魔法使いであるトゥーリの予想では「ラナの目が覚めたからかも」とのことだ。わたしのせいにしないでほしい。

 

「じゃあもう一度眠ればいいってことですか?」

「そんな簡単じゃないのよ。困ったな。契るのが何よりも手っ取り早いのに」

「無理だって言いましたよね」


 もうなんなのこの魔法使い。担当者はどうしてこんな魔法使いをアシュレイ様の側に置いているのだろう。本物の国で一番の魔法使いを呼ぶべきなのではないだろうか。


 こうしている間にも時間ばかりが過ぎているというのに、将来への不安が増すばかりだ。

 何しろ目が覚めた翌日に職場である学校へ行ったら、わたしの代理が採用されていて居場所がなくなっていたのだから。


 予想してはいたけどショックは大きかった。

 なんの連絡もなく来なくなったわたしを心配して校長たちが様子を見に来てくれたらしいのだけど、深い眠りに落とされていたわたしに気づけるはずがなく。不在とみなされて、連絡もなしに仕事を放棄する人間だと思われていた。

 アシュレイ様のことは抜きにして、軍事機密に関わることに巻き込まれたと説明したら分かってもらえたけど、居場所を取り戻せるわけではない。空きが出たら連絡するってことで終わってしまった。

 その間、アシュレイ様が隣にいて「ボクのお嫁さんなんだよ!」と嬉しそうに発言してくれたから連絡してもらえない気がしている。

 

 こうなったらアシュレイ様と契って記憶を取り戻してもらうしかない。そうして新しい仕事を紹介してもらう。じゃないと天涯孤独の女は生きていけない。


 成長しないアシュレイ様を残して、トゥーリはやることがあるからといなくなった。「アシュレイ様が元に戻ったときのために頑張るぞー!」と楽しそうに馬で駆けて行った。

 きっとまた王女様に呪いをかけるつもりと予想する。


 目が覚めてから職場を訪問したあとに連れてこられたのは、都外れにあるアシュレイ様所有のお屋敷。ここで身を隠しつつ、アシュレイ様の呪いが解けるまで暮らすことになった。

 アシュレイ様の呪いの件はごく一部の限られた人間だけしか知らない。トゥーリの言ったようにアシュレイ様は本当に守りの要で、今の状況が他国に知られると暗殺の可能性もあるらしい。

 怖い問題もあるけれど、わたしにできることは限られているので、他のことは考えないようにした。


 どうか元に戻ったアシュレイ様が真っ当な御方でありますように。わたしは日々そう願いながら過ごしていたのだけれども。

 ひと月が過ぎてもアシュレイ様は十代前半の見た目のままで、心も幼い子供のままだった。

 どうしてなんだろう。一緒にいたら成長するんじゃなかったの?


 塞いでいるわたしにアシュレイ様が「ラナ、お花摘みに行こう!」と誘ってくれる。

 五歳くらいの男の子は暴れん坊で体を動かすのが好きで、アシュレイ様も追いかけっこや川遊びを好んでいる。たまに絵本を朗読してあげると静かに聞いて、わたしの膝に頭を預けて寝ちゃうこともあった。

 今日は落ち込んでいるわたしを喜ばせようとしてくれている。

 こんなに優しい心を持っているのだから、きっと大人になっても正しい判断をしてくれるに違いない。間違っても役目を終えたわたしを放置して解散なんてことはないだろう。この懐きようが呪いのせいだとしても、純粋さに偽りはないはず。……ないよね? お願いだから仕事だけは紹介してね。


 そんな風に自分の心配をしているわたしにアシュレイ様はにこっと笑ってくれた。


「お花摘みだよ。楽しいよ。行こうよ!」


 ああ、本当にかわいいなぁ。


「そうですね。今日は花冠を作りましょうか」


 こんな状況の中でアシュレイ様はわたしの癒しだ。癒しでしかない。メイサ国のサフィラス王女も今のアシュレイ様を見たら絶対に拒絶なんてしないに決まっている。


 わたしに懐いてくれるアシュレイ様は本当に可愛い。見た目は十代前半でわたしの顎くらいの身長だけど、中身が五歳児だから庇護欲も湧く。

「ボクのお嫁さん」と嬉しそうに、はにかんで上目遣いで見られると胸を射抜かれたような衝撃を受ける。


 アシュレイ様が向けてくれる気持ちはトゥーリの呪いのせいだと分かっている。呪いが解けたらこの気持ちがなくなってしまうのは残念だけど仕方がない。

 この頃のわたしは自分のためだけではなく、アシュレイ様のために呪いを解かなければいけないと思うようになっていた。




 

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