驚きの解呪法
わたしはまとわりついているアシュレイ様を見下ろした。
幸せそうににこにこしている。可愛いなぁ。
学校では十代前後の男の子から「くそババア」って暴言を吐かれることなんてしょっちゅうだったから、彼の態度には癒されてしまう。
でも五歳児の見た目から十日で十代前半になったのか。この調子なら体だけはあっという間にもとに戻りそうだけど、大人の体で五歳児の心なのは問題が起きそうだな。それに呪いは記憶だけの問題だと思っていたけど肉体にも作用するなんて。道理には問題があってもトゥーリが凄い魔法使いなのは間違いない。
「目が覚めたってことは、トゥーリさんの魔力がわたしから排出されたってことでしょうか?」
「いいえ、少しも。全部残ったままよ」
「でも目が覚めていますよ?」
「それはラナの魔力とわたしの魔力が馴染むように処置したから。あとは記憶操作してアシュレイ様の妻だと思い込ませるつもりだったんだけど……」
とんでもないことが聞こえて思わずぎろっと睨んだら、トゥーリは話すのをやめて目を泳がせた。少しは悪いことをしている自覚があるようだ。
「妻にいったいなんの意味が? 後々面倒なことになりそうですし、そもそも記憶操作は犯罪ですよね?」
「大丈夫、期間限定にするつもりだったから」
いや、ぜんぜん大丈夫じゃないよ。
「なのに呪いを完成させる前にアシュレイ様が眠りを解いちゃったのよねぇ。あ、ちなみに目覚めの儀式は絵本を読んだアシュレイ様の希望でほっぺにチュウよ」
どんな絵本を読んだのかな。でもよかった。唇じゃなかった。そしてアシュレイ様。起こしてくれてありがとう!
感謝の気持ちでお腹に張り付く頭をなでたら嬉しそうにしている。うっ、可愛い。可愛すぎるよぉ。髪は柔らかくてもふもふの子犬みたい。
ごめんね、犯罪者だと思っちゃって。わたしにっとて君は救世主だ。
「わたしは眠ったのに、アシュレイ様が五歳児になったのはどうしてですか?」
「ラナの場合は単にわたしの魔力と相性が悪かったのが原因。アシュレイ様のは呪い返しね。呪いってばれて弾かれると術を行使した相手に災いが起きるんだけど、防御で弾き飛ばしたらアシュレイ様に入っちゃったのよ。よかった~、わたしじゃなくて。わたしが五歳児になってたらラナの目を覚ますこともできなくなるところだったわ」
何がよかったのか。わたしもだけど、アシュレイ様も完全に被害者じゃないか。
「アシュレイ様の呪いを解くには、ラナの体に入っている呪いをアシュレイ様に移す必要があるの」
「わたしの中には呪いじゃなくてトゥーリさんの魔力が入っているのでは?」
「呪いと魔力が完全に分離されているわけじゃないんだよね。眠るだけで済んだのはラナの魔力がわたしよりも膨大かつ強力で呪いの効き目が抑えられたんだと思う。それだけあるのに魔法使いじゃないなんてもったいないわね」
宝の持ち腐れと言いたいのだろう。わたしもそう思うけど、持っていてよかった。そうじゃなかったら今ごろ呪われて、アシュレイ様と同じように五歳児になっていた可能性があるのだから。
いや、そもそも魔力がなければサフィラス王女に弾かれた呪いの半分はわたしにこなかったからよくないのかな?
今さら考えてもどうにもならないな。
そしてやっぱりトゥーリがわたしを放置しなかったのは、アシュレイ様の呪いを解くのに必要だったからが正解だった。
「まぁとにかくラナの中の魔力とアシュレイ様の中の魔力を一つにして、呪いをもとの状態にしないと解呪できないの。やっと見つけたんだから協力してね」
ん?
やっと見つけたって?
そういえば大切なことを忘れていた。
「わたしが眠っていたのはどのくらいですか?」
「二か月かな?」
「にっ、二か月も!?」
はぁ!?
十日じゃなくて二か月も!?
何かの間違いでは!?
「わたしの仕事はっ、学校はどうなったの!?」
「さぁ?」
「さあっ!?」
わたしは町の教師。毎日学校で子供たちに勉強を教えるのが仕事。
「わたしって十日前に見つかったんですよね。それまでは……」
「あなたが借りている部屋で寝てたわよ。寝てるんだから動けるわけないでしょ?」
何を言っているのとばかりに首を傾げて不思議そうにされる。
はぁっ!?
不思議でたまらないのはこっちだから!
ということは……。
わたしは二か月も無断欠勤しているってことなの?
「ありえない、ありえないわ!」
仕事はどうなるの。クビってことはないよね。いいえ、ありえるわ。だって無断欠勤よ。いくらトゥーリのせいだからって学校側は知る由もない。とっくに新しい教師が採用されて教壇に立っている様しか想像できないんですけど!?
「保証して。加害者はあなたよ、仕事の保証をして!」
「えぇぇ、面倒だなぁ」
「面倒だなぁじゃないわよ!」
「ラナ。怒らないで。大丈夫大丈夫」
アシュレイ様がわたしの頭をなでなでする。元凶であるトゥーリはどこ吹く風だ。これはもうアシュレイ様に元に戻ってもらって王子パワーでなんとかしてもらうしかない。
「分かりました、呪いを解きましょう。どうしたらいいんですか!」
「ラナが理解ある人でよかった。解呪はとっても簡単よ。アシュレイ様と契ってくれるだけでいいから!」
「契る?」
「夫婦の営みよ」
「は……はぁっ!?」
この人なにを言い出すの!?
「ほら、やっぱり怒った。だから記憶操作したかったのになぁ。アシュレイ様のせいよ」
本当にこの人は何を言っているのか。記憶操作はやっちゃいけないことだし。もしやられていたら見た目十代前半で心は五歳児の幼気なアシュレイ様を夫と思い込んで、とんでもないことを仕出かすところだったのね!?
わたし犯罪者、犯罪者になっちゃうから!
「全部あなたのせいです! 他にも方法があるはずですよね!?」
「ラナの中にあるわたしの魔力を呪いごと引っ張り出すには肉体の結合が不可欠よ。だってラナの魔力とわたしの魔力がごちゃ混ぜになってるから」
「なんてことをしてくれたんですか!?」
いくらわたしの目を覚させるためとはいえ、なんて方法を選択したのか。信じられない。もうそのまま眠らせておいて他の方法を探してほしかった!
そう声を大にするわたしに、トゥーリは「解呪方法があるのにどうしてそんな面倒なことをしなきゃいけないの?」と、こてんと頭をかしげる。可愛くない、あなたがやっても可愛くないから!
なんてめちゃくちゃな魔法使いなのだろうか。
途方に暮れたわたしはアシュレイ様を見下ろした。キラキラした無垢な青い瞳が嬉しそうに見上げている。にこって笑ってぎゅうっとされる。こんな時でも可愛いと思ってしまった。
わたしとアシュレイ様が契る?
十代前半の美少年(心は五歳児)と、二十二歳の教職にあるわたしが契る?
だめだわ。天使を穢すなんてできるわけがない。
ああ、神様。
わたしはどうしたらいいのでしょうか。




