ドラちゃん
安全な結界の中でトゥーリとガウディに守られている。さらに周囲にはアシュレイ様が信頼する騎士たちがいた。
彼らは森から現れる魔物を警戒するだけではなく、空を飛ぶドラゴンにも意識を向けていて、大怪我から回復したばかりのサラちゃんは結界の外に飛び出して巨大化した。
わたしは安全な場所にいたからドラゴンが炎を吐いても無傷だ。けれど結界の外にいる騎士たちは盾で防御しているだけ。
どうして彼らは結界の中に入らないのだろう。隣に立っているガウディを見上げたら、わたしの言いたいことがわかったのか。「彼らはもしもに備えてすぐに動けるようにしています」と教えてくれた。
もしもというのはアシュレイ様に何かあった場合だ。
アシュレイ様のことは信じているけれど、あんなに大きい空を飛ぶ魔物を相手に無事で済むのかと不安に襲われる。
結界が森に囲まれているせいで空中戦の様子が分からない。はらはらしながら案じていたらドラゴンが降りてきた。
ぽってりとした巨大なドラゴンの前にはサラちゃんがいる。威嚇するかのようにサラちゃんの尾が地面を叩いた。ドラゴンがその場で足踏みをすると地響きがおきてふらつく。倒れないようにガウディが支えてくれた。
ドラゴンとサラちゃん。互いに炎を吐き合うのかと思い身構えたけれど、両者は睨み合って攻撃しない。ドラゴンの視線がわたしに向くと、サラちゃんの尻尾が間に入って目が合わないように遮られた。
ドラゴンがまるで地団駄を踏むかのようにその場で足を踏み鳴らす。我儘な子供がイヤイヤと駄々をこねるみたいに転げ回る。
「ドラゴンってなんだか……人間っぽいんですね」
それにこのドラゴン、なんだか昨日と様子が違う。魔物に詳しくないけど敵意を感じない。ああでもサラちゃんが威嚇してるから危険なのにはかわりないのかな……なんて思っていたら。降りてきたアシュレイ様がドラゴンの前に立つと、そのドラゴンが瞬く間に小さくなった。
急にどうしたのだろうと思っているとアシュレイ様が結界の前に立った。その様からドラゴンを警戒していないのが窺える。
駆け寄るとアシュレイ様はとても疲れている様子で「新しい使役獣だ」とドラゴンを紹介した。
驚いたわたしは「え?」と首をかしげた。
だってドラゴンは危険なんですよね?
たった今まで戦っていたのに……と思ったけれど。アシュレイ様のことだから、わたしが気付けなかっただけで、戦いの最中にドラゴンを味方につける魔法でも使ったのだろう。それで小さくなったのだなと勝手に解釈した。
周囲のみんなもこの様子に驚きを隠せない。唖然とした表情で小さくなったドラゴンを凝視していた。
わたしはさすがアシュレイ様! と感嘆したのも束の間。サラちゃんがぱかっと口を開いたかと思うと炎を吐いた後、ドラゴンを尻尾ではじき飛ばした。
「サラちゃん!?」
びっくりしたわたしは思わず結界から飛び出してしまった。そうしたら空の彼方へ弾き飛ばされたはずのドラゴンが物凄い速さで飛んでくる。再びサラちゃんが口をぱかっと開くと「サラ、止めろ。ラナを危険に晒すな」とアシュレイ様がサラちゃんの口を掴んで閉じさせた。
言葉を発さないサラちゃんだけど、とても不満そうにしている雰囲気が伝わってくる。そうこうするうちに子犬くらいの大きさになったドラゴンがわたしの肩にしがみついた。
びっくりした。攻撃されるんじゃないかと思ったけど使役獣だと紹介されたし大丈夫なのかな。ドラゴンはがっしりと肩に張り付いて離れない。不安からアシュレイ様を仰ぎ見ると「そのドラゴンの主はラナだ。使役獣は主を傷つけないから安心して」と教えられた。
「わたしの使役獣……サラちゃんと同じってことですか?」
「そうなるな」
「アシュレイ様のではなくて?」
アシュレイ様がわたしの肩を引き寄せて顔を寄せる。
「そのドラゴンはラナの魔力に反応して寄ってきたんだ。自分からラナの側にいたいと望んでいる。私と同じだ」
耳元で囁かれてドキッとした。顔が赤くなるのが自分でも分かる。こんなところで何を言い出すのかと思っていたらトゥーリが駆け寄ってきた。
「ドラゴンが使役されるなんて聞いたことがないわ。大陸中探したっていないわよ」
興奮気味なトゥーリは小さくなったドラゴンをじっと見つめて「本当に使役されている!」と嬉しそうに声を上げた。
一番の問題だったドラゴンが片付いたこともあり、この後わたしたちは辺境を引き上げることになる。大発生した魔物の数もかなり減ってあとは辺境軍だけで対処できるとのことだ。
それよりも今はドラゴンを使役したことのほうが大きな問題だった。
使役したのはわたしじゃなくアシュレイ様なのだけれど、サラちゃんを含めてドラゴンもわたしの魔力に魅かれて使役されているらしい。
「思い返すとサラも自分から寄ってきた。私からラナの魔力が匂っていたからだろう。こちらから攻撃しなければ大人しいとはいえ、魔法使いでもサラマンダーを使役できる者は少ない」と言ったアシュレイ様に対して、トゥーリは「わたしならできるわ!」と食い気味に主張していた。
都へ帰る途中に巨大なドラゴンが二匹、わたしたちのすぐ上を飛んでいた。青い空のはるか上空を旋回しつつついて来ている。わたしの肩に張り付いているドラゴンとは違って細くしなやかな体をしてる二匹は成獣なんだとか。ぽってりとした体つきは子供の頃だけなのだとアシュレイ様が教えてくれた。
時々低空飛行をするけれど襲ってくる気配はない。
「もしかしてあなたの親かな?」
ずっと肩に張り付いているドラゴンに話しかけると「きゅっ」と鳴いた。可愛い声だ。「そうだよ」と言われたような気がする。
「心配しているよ。一緒に帰らなくていいの?」
「きゅっ!」
愛らしく元気な返事は「いいの!」と言っているみたいだ。胸元を見ると張り付いているサラちゃんからは不服そうな雰囲気が伝わってくる。
そうだよね。だってドラゴンにしっぽを引き千切られたのだもの。
「アシュレイ様。この子は使役獣にせずに帰した方がいいのではないでしょうか?」
サラちゃんとの相性がよくないようだし、親と思われるドラゴンもついて来ている。攻撃してこないのはこのドラゴンがわたしになついているからだろうけど、親としては心配に決まっていた。
「そうしたいのはやまやまだが、恐らくこいつは解放した途端に駄々をこねて暴れ出すだろう。どっちにしてもラナを追いかけてくるに決まっている。使役して人間に従うようにしておいた方が被害は少ない」
使役したのは被害を出さない意味が大きいようだ。さらにトゥーリが「使役を解くなんて馬鹿な考えやめてよ」と口をはさんできた。
「ドラゴンを使役したことが周囲に知られるだけで牽制になるのよ。ディード王国は向かうところ敵なし。ドラゴンを使役しているってだけで畏怖されるんだから馬鹿なこと考えないで」
「国益になるってこと?」
「そうよ!」
「まぁ、その通りだな」
だったら仕方がないのかな。使役もドラゴンが望んだことだから、空を舞っている親ドラゴンも攻撃をしてこないのかもしれない。
「でもこのままだとあのドラゴンたちが都までついて来てしまいます。大丈夫なんですか?」
ドラゴンなんて滅多に出てくる魔物じゃない。それが合計三匹やってくるのだ。大混乱にならないだろうかと心配になる。
「子供に危害がないか見守っているだけだろう。そのうち帰るだろうが……ラナ、君の使役獣だ。説得させてみてはどうだろう?」
「説得ですか?」
なるほど。言葉も理解してるようなので「ご両親とはここでお別れできる?」と言ってみた。するとドラゴンは「きゅっ」と元気に鳴いて飛び立つと、元の大きさに戻ってぐんぐん上昇していった。
空を仰いで見守っていると、三匹は戯れるように飛んだ後に二匹と一匹に分かれた。二匹は来た方角へと戻って行き、もう一匹はわたしに向かって急降下してくる。そうしてわたしの目の前にくる頃には子犬くらいの大きさになって肩へと着地して「きゅっ」と鳴いた。
本当に言うことを聞いてくれた。親と別れてまで一緒にいたいと思ってくれるなんて……わたしの魔力が原因なら責任を取って可愛がってあげないと。
「いい子だねドラちゃん」
頭をなでてやると「きゅきゅきゅきゅきゅっ」と嬉しそうに鳴き声をあげた。
「サラちゃんは君のお姉さんだから仲良くしないと駄目だよ」
「きゅっ!」
元気に「分かった!」と返事をしてくれたけれど、「え!? サラってメスなの!?」とトゥーリが驚きの声をあげて。アシュレイ様は「メスなのか?」とサラちゃんを凝視する。
え? 勝手に女の子だと思っていたけど違うのかな?




