使役(アシュレイ)
「囮になるってことですか?」
そう問うラナに悲壮感はなかった。
私の説明で自分が何をするべきなのかを理解し、答えを選択した結果を確認するための言葉だ。
しかし私は「囮」という言葉は己の至らなさを指摘されたような気がして胸が苦しくなった。
ドラゴンからラナを守る自信がある。子供のドラゴンを始末すれば親が出てくることも予想できるが、それでも守りきってみせる。
だがいくら自信があっても、この状況を作っているのが私のミスであることは覆せない。
ラナが危険な辺境に来ることも、特別な魔力を持っていることも、少し考えれば予見できたことだった。
兄やトゥーリの性格を熟知しているだけでなく、ラナの献身を誰よりも身近に感じていたはずなのに、今この時が現実に起きる可能性が強いと予想できなかった私の失態だ。
ラナの黒曜石のように輝く瞳には恐怖が垣間見えたが、同時に私の力になれる喜びが宿っていた。
私はラナを危険に晒したくなどなかった。刺客に襲われ、地下で魔物に襲われるような経験なんて二度とさせたくなかった。それなのに現実はこれだ。しかも今回の相手はドラゴン。トゥーリの結界を使うとしても、巨大な魔物に襲われる恐怖は与えてしまう。
美しい瞳に見つめられた私は「守る」と約束することしかできなかった。
私のつまらぬ葛藤などよそに時は過ぎる。
対応のために辺境に来たが、これほど長く魔物と接しなかったのは初めてだ。魔物の大発生において、休息を十分とれるなど過去にはなかったはずだ。
討伐に成功している証と喜ぶことはできない。実際に大量発生した魔物のほとんどを討伐できていたが、最後に残るのは魔物の中でも別格のドラゴンなのだ。しかも最悪三頭を相手にする可能性があった。
気まぐれなドラゴンだが、遊びを終えて巣に引きこもってくれるなんて楽観的に考えることはできなかった。サラに受けた傷が癒える過程で忘れてくれたならどんなにいいだろう。
だが自制のできる人間ではないドラゴンが、ラナの魔力に気付いて素通りなどできるものか。本能で生きる奴は必ずやってくる。
倒す自信はあるが気を抜けばこちらが殺られる。さらに親が出てくるかもしれない事態に備えるために、魔法を使える騎士たちがラナに近づくことにも目を瞑った。
ラナの胸にはサラがいる。ラナに手を出そうとする不届き者は八つ裂きにしてくれるだろう。
体力温存のため立ち木に背を預けて目を閉じる。ドラゴンの首を取るためのイメージを膨らませた。ラナが隣に立つ気配に気付いたが、目を閉じたまま周囲への警戒を解かない。
そんな中で空気の揺れを感じた。ラナの胸に張り付くサラも気付いたようで、短くなった尾でラナの胸を叩く。
「サラちゃん?」
ラナの問いかけに合わせて目を開けた。気付いたラナに名を呼ばれて見下ろし、引き寄せて彼女の目尻に唇を寄せる。
「トゥーリの側に避難を」
ラナははっと息を呑んだが、「分かりました」と頷いた。かと思えば胸倉を掴んで私を引き寄せ唇を重ねる。
人目のある中での振る舞いに驚いた。
私ならともかく、まさかラナ自ら魔力の受け渡しとはいえ、人前で唇を合わせてくれようとは。
唾液を通して大量の魔力が流れ込んでくる。私の小さな器はすでにいっぱいだと思っていたのに止まることがない。
迫る敵の気配から意識を離さずに受け入れ、最後にラナの肩を押した。
「トゥーリとガウディから離れてはいけない」
「分かりました。今度は絶対に言いつけを守ります。だからどうか無事でいてください」
背中を押すとラナは約束通りにトゥーリのいる場所へと駆けていく。もしもに備えてガウディ以外の騎士も配置した。トゥーリは任せろとでもいうかのように腕を頭上にあげて大きな丸を作り、ガウディがラナの側に付く。
トゥーリが虹色に揺らめく結界を構築した。ラナの安全を見届けてから空を見上げると同時に黒い影が視界を覆い尽くした。
地表に迫るドラゴンの羽ばたきで風が生み出される。渦を巻く突風を利用して跳躍し、そのまま飛行魔法でドラゴンの背後に回って尾を切り落とす。私なりにサラの仇を打ったつもりだ。
尾を切られたドラゴンは咆哮と共に遥か上空へと避難したかと思うと、空中でとどまり怒りの炎を放った。避けると地表にたどり着いた炎が地面を焼くが、結界に守られるラナ達は無事だ。
ラナの胸を離れて巨大化したサラが結界から飛び出し守りにつく様を確認し、遥か上空にとどまるドラゴンを仰いだ。
奴の視線はラナではなく、邪魔をする私へと固定され怒り狂っている。
昨日は急所の首をやられ、続けて飛行の安定を保つのに必要な尾を切断されたのだから当然だ。これでドラゴンの意識はラナではなく私に向いた。
「私が邪魔だと気づけたか」
ラナが欲しければ私を倒すしかない。昨日の怪我が癒えていないドラゴンは苛立ちを顕に急降下すると、剣を躱せるぎりぎりの間隔を開けて強風を繰り出す。私は吹き飛ばされたが、立ち木を蹴ってドラゴンに向かって同じく降下した。
先に地表へ辿り着いたドラゴンは結界を守るサラと対峙する。騎士たちも剣を構えていた。
ドラゴンは昨日のこともありサラを警戒して地団駄を踏んでいる。まだ子供なせいか戦い方を知らないようだ。
私はドラゴンに向かって降下しながら確実に急所を捉えていた。傷跡の残る首へと照準合わせ剣に強化魔法を纏わせる。これで硬い皮膚を貫けるのだ。
しかしここでドラゴンが地面に転げた。ごろごろと転げては地団駄を踏み、またもや転げ回る。思わぬ行動のせいで狙いが外れてしまった。
奇怪な動きを目の当たりにした私は攻撃を中止してサラの隣に舞い降りる。ドラゴンは切れた尻尾を上下に動かして血を撒き散らしながら不満を顕にしている様子だ。
強固な結界に苛立ちを覚えたのか。それともラナではなく、急所を噛んで傷をつけたサラに意識が向いてしまったのか。私への怒りは忘れてしまったようだが、奇怪な動きは変わらない。
「まさか無防備状態なのか?」
攻撃するよりも何らかの葛藤と戦っているように感じた。私を前にしても分かっていないのか視線が合わず、「きゅううん」と子犬が鳴くような音を漏らしている。
何が起きているのだろう。
同じ魔物として何か感じていないだろうかと、巨大化しているサラを見上げたら不服そうに目が据わっていた。
サラはドラゴンの行動に呆れているのか? よく分からないがこれはもしかしたら……使役できるのではないだろうかとの考えが過った。
私は転げながら何かを訴えるかのように咆哮するドラゴンの前に立つ。ドラゴンは飛び立つことなく縦長の瞳孔でラナを探しているようだった。しかしラナの気配はすれ姿は見えない。トゥーリの結界は先ほどまで見えていたラナの姿を敵から隠してしまっていた。
果たして過去にドラゴンを使役した者がいただろうか。そもそも使役可能な魔物なのかすら分からない。だが今この状況下でなら試してみる価値はある。
子供を殺せば親が出てくる。さすがに成獣二頭を同時に相手をするとなると相応の被害が出てしまう。避けられるなら越したことはない。
ドラゴンの動きを封じるために見えない圧力をかける。そんな中でも口を開けたドラゴンが炎を吐くより早く魔力を放ち、ドラゴンの精神へ働きかけた。
ラナから与えられた魔力はドラゴンの荒れ狂う意識を穏やかなものへと塗り替えてくれるだろうか。敵意を忠誠へと変えるため、私はひたすら魔力を放出し続けた。




