わたしの役目
尻尾を無くして四肢がもげかけたサラちゃん。下半分が潰れてぴくりとも動かなかったけれど、トゥーリの魔法で見た目はほぼ元通りになる。
息を呑んで様子を窺っているとちょっとだけ目を開けてくれた。「サラちゃん!」と呼びかけたら手のひらの上でのそっと動いた。
「よかった! ありがとうございます!」
トゥーリにお礼を言うと「これくらい朝飯前よ」と返ってきた。
改めてサラちゃんを確認する。トゥーリの魔法は素晴らしくて、サラちゃんの命は取り留められた。尻尾が少し短くなったけど他は元通りだ。
恐らく事切れる寸前だったと思う。それをこんなにも簡単に癒してくれるなんて、これまでのトゥーリの行動からはまったく想像できなかった。わたしは心の底からトゥーリに感謝する。
サラちゃんを胸元に持っていくとのそのそと力なく服を伝って中に入り込む。ひやっとした体温を感じて服の上から優しく触れた。
「よかったな」
「はい!」
アシュレイ様に抱き寄せられた。わたしはなされるまま彼の胸にあたまを預ける。よかった、ほんとうによかった。安堵から涙が零れる。
「それにしてもトゥーリ、ラナの唇を奪う必要はなかったのではないのか」
「必要でしたよ。アシュレイ様はわたしの活躍を見てましたよね。戦闘と治療にどれだけの魔法を放ったと思ってるんですか。有能なわたしが魔力切れで倒れたら困るでしょ。女同士なんだし別にいいじゃないですか」
「ラナは私のだぞ」
「面倒くさいこと言わないでくださいよ」
「お嫁さんだと刷り込んだのはお前じゃないか!」
「そうですよ。お陰で初恋と嫁を同時に手に入れられてよかったですね。わたしの先見の明のお陰ですよ。感謝してくださいね!」
なにやらアシュレイ様とトゥーリが言い争っていたけど、サラちゃんが生きていてくれてほっとしたわたしは、これまでの緊張もあってアシュレイ様の胸の中で意識を失っていた。
気づいたら暗い天幕の下、逞しい腕に囲われていて。
そっと見上げるとアシュレイ様が無防備に眠っている。銀色の長い睫毛が少年の頃のアシュレイ様のままだ。
魔力の補充をしているのだろうと思い、そのままアシュレイ様の体温にすり寄るようにして力を抜いて目を閉じた。
次に目が覚めた時、アシュレイ様はいなかった。隣を触ると冷たい。天幕の向こうでは人の気配がしていた。
目をこすりながら胸元を覗くとサラちゃんと目が合う。「大丈夫?」と問えばくあっとあくびをしてぴょんと跳ねるように外に出てきた。
「サラちゃん、守ってくれてありがとう」
サラちゃんは応えるように短くなった尻尾を振ると、いつもの定位置にブローチよろしく張り付く。
瀕死の状態だったのにトゥーリの魔法はすごい。問題のある人だけど、本当にすごい魔法使いだったのだと改めて彼女を見直した。
天幕の外に出ると張り詰めた緊張感を感じた。
サラちゃんが無事でほっとしたのも束の間、昨日の戦闘を思い出して緊張が走る。どうしたらいいのか分からず立ち尽くしていたら、知らない騎士がアシュレイ様のところまで連れて行ってくれた。
アシュレイ様は眉間に皺をよせて、わたしに見せたことのない厳しい表情で周囲の人たちと話していた。けれど目が合うと「ラナ!」と名前を呼び、人をかき分けてやって来たかと思えばぎゅっと抱きしめられてしまう。
「アシュレイ様!?」
人目があるのになんてことをするんだ。びっくりして抗議の声を上げるが、「おはよう」と普通に挨拶されて戸惑ってしまう。
「よく眠れた?」
「それはまぁ……」
気にしているわたしがおかしいのかと思ったけれど周囲の視線は温かい。アシュレイ様は気にも留めず「話がある」とわたしの手を引いた。
危ないから帰れと言われるのだろうか。
勝手をしてサラちゃんまで死なせてしまうところだった。反省から頭が下がって地面を見つめていたら「具合が悪い?」と覗き込まれた。
「勝手をしてごめんなさい。どうしても心配だったんです」
「こんな危険な場所にと思うが、それだけ私を想ってくれているということの現れだ。怒っていない」
「でも……邪魔になりました」
活躍したのはサラちゃんで、わたしは足手まといだと実感した。魔力の補給はできたけれど、それが本当に必要だったのかは分からない。
「兄上の命令だ。どこかでこうなることが分かっていたのに対処しなかった私の責任でもある」
「帰った方がいいですか?」
この一晩で魔力補給もできただろう。足りないなら今からだってできる。周囲に人がいないのを確認していたら「ラナ」と呼ばれて視線を合わせた。
「今から怖いことを言う。けれど君のことは必ず守るから私を信じて聞いて欲しい」
真剣な青い瞳がわたしを射抜いていた。
「昨日現れたドラゴンだが、ラナの魔力に反応していた。最悪餌だと思われている可能性がある」
「餌ですか?」
「一般的な魔物ならそうはならないだろう。現にサラはラナの魔力を気に入っているが、サラ以外のサラマンダーと接してもラナが標的になることはない。地下にいたモグラの魔物もラナを標的にするようなことはなかっただろう?」
アシュレイ様の言うとおり、モグラの魔物はわたしに向かってくるようなことはなかった。アシュレイ様とサラちゃんが対処してくれたからだと思っていたけれど違うのか。
ドラゴンはわたしと目が合ってからまっすぐに向かってきた。標的にされたのは魔力のせいなのだろうか。
それにしても餌だなんて……。
「わたし……ドラゴンに食べられちゃうんですか?」
「可能性があるというだけで本当のところは分からない。ドラゴンは人の言葉を解するともいわれる高等な魔物だが、昨日現れたドラゴンはまだ子供だ」
「あんなに大きいのに子供なんですか?」
「太っていたのを覚えている?」
「はい」
あのドラゴンはよくぞそれで飛べるものだと思えるほどにでっぷりとしていた。
「太っているのは子供だからだ。大人になるとほっそりとして飛行も優雅になる。滅多に人を襲ったりしない。今回現れたドラゴンの目的は人に危害を加えることではなく、単なる子供の遊びだ」
人か魔物なんて関係なく鉤爪にひっかけてぽいっと放り投げていた様を思い出す。あれが単なる遊びだなんてぞっとした。
「もし再びドラゴンが現れた場合、ラナが狙われる可能性が高い。恐らくそうなるだろう。そして我々の目的の一つに、辺境に甚大な被害をもたらすドラゴン討伐が含まれている」
それってもしかしなくても、ここに留まっていたら危険だってことだ。
この場所にあのドラゴンは現れる。
「囮になるってことですか?」
聞くところによるとアシュレイ様はドラゴンを退治することができる。町や村が襲われるよりも、戦いに有利な場所におびき寄せることができるなら対策を講じて待ち構えることだって可能だ。
「すまない。必ず守ると誓う」
アシュレイ様はとても辛そうに声を絞り出した。
この言葉は騎士としての役目を優先してのものだ。アシュレイ様がここにいるのはそのためなのだから謝らなくていいのに。
囮になるのは怖い。巨大なドラゴンに突進されるのは恐怖でしかない。
だけど無力なわたしでも人の役にたてる。アシュレイ様の力になれるのなら逃げる選択肢なんて存在しなかった。




