泥だらけのサラちゃん
ぎゅっと泥を握りしめると、血濡れた泥の中にある、むにゅっとした何かが手のひらに振れた。
涙を拭いて確認したら手のひらに何かが乗っている。
「え、嘘。まさか……」
汚れた手を服で拭って指先で触れる。ぷにっとしたそれは触れたところが引っ込んだままピクリとも動かない。けれどそっと汚れを拭うと見知った姿が現れた。
「サラちゃん!?」
尻尾のないサラマンダーだった。
「サラちゃん、お願い目を開けて!」
尻尾が失くなっているだけじゃない。残った体の下半分は潰れているし、四本の足は今にも千切れてしまいそうだった。
必死に名前を呼んで泥だらけのサラちゃんにキスをする。サラちゃんの口を吸って苦くて臭い泥を吐き捨てて、サラちゃんの口の中に舌で唾液を送った。
「お願いサラちゃん、死なないで!」
ぴくりともしないサラちゃんを潰さないように、注意しながら両手で優しく包みこんだ。アシュレイ様がわたしを抱き寄せて、慰めるかのように背中を撫でる。
「死んでない。死んでないわ!」
「ラナ……」
ぼろぼろになったサラちゃんは、尻尾を千切られて体を踏みつけられていた。ドラゴンに噛まれた首がどうなのか確認するのが怖い。
認めない、認めたくなんてなかった。こんなに小さかっただろうか。痛々しくて辛い。苦しくてたまらない。
わたしをぎゅっと抱きしめたアシュレイ様が「トゥーリ!」と声を上げた。
「トゥーリ、どこにいる!」
「はいはーい、ここですよぉ!」
場にそぐわない明るい声。泥濘んだ地面を歩く足音。すぐ側にトゥーリが立ったのが分かって飛びついた。
「サラちゃんを助けて!」
「え、このサラマンダーを?」
トゥーリに手を開いてサラちゃんを見せたら目を泳がせて「それって、もう死んでるんじゃない?」と返された。
「死んでないわ!」
体温を感じなくても生きていると信じてる。それにトカゲは尻尾が切れても元気に動く。サラマンダーがトカゲと同じか分からないけど、魔物なのだから強いと信じたい。
「お願い。あなたは国一番なのでしょう!?」
「そうだけど……新しいサラマンダーを見つけて使役するほうが楽だわ」
使役するほうが楽って……それはつまり。
「サリちゃんを助けることができるんですね。だったらお願い、サラちゃんを助けてください!」
「トゥーリ、私からも頼む」
「えぇぇ、面倒くさいなぁ」
「トゥーリ、そう言わずに。お前ならやれるのだろう? それとも無理なのか?」
「無理なわけないです。でも……」
勿体ぶっている風ではないけれど、なぜかトゥーリは困ったように頭を掻いていた。
「はぁ……分かりました。まぁやってもいいけど。さすがに魔力が寂しいことになってるからちょっと貰うわね」
そう言ったトゥーリの手が伸びる。わたしはサラちゃんを差し出した。でもトゥーリの手はサラちゃんではなくわたしに伸びていて、両手で頬を包みこまれた。
その途端、トゥーリの顔が迫って唇を重ねられる。
「ん?」
キスされていると気づいたら、トゥーリの舌が口内に侵入してきて唾液を舐られた。
あ、魔力を取られているのね……と気づいたその時。「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と絶叫が。
わたしからではない。わたしを抱きしめていたアシュレイ様からだ。耳元で絶叫されて鼓膜が潰れそう。
「私のラナに何をする!」
アシュレイ様がわたしとトゥーリを引き離した。
「何ってサラマンダーを助けるのに魔力がいるから貰ったんです。さすがのわたしでも尻尾を失くして四肢がもげかけた、瀕死のサラマンダーを助けるには大量の魔力が必要なんです」
「だからって私のラナにっ。ラナの全ては私のものだ!」
「こうなりそうだったから嫌だったのよね」
トゥーリはうんざりといった様子で口をへの字にする。わたしは二人の様子になんて構っていられずに、手のひらに乗せたサラちゃんを差し出した。
「お願い、急いで。サラちゃんが死んじゃう!」
「はいはい、お任せー!」
トゥーリが手を翳すとサラちゃんを虹色の光が包み込んだ。




