失われた使い魔
北の辺境で大量発生した魔物は敵味方関係なく、目の前にあるものを攻撃する習性がある。本来はそうではないが、大量発生で生じた魔物は混乱して暴走と破壊の限りを尽くすのだ。
複数の群となって町を襲う魔物たちを辺境軍とアシュレイ様率いる軍が壊滅させていた。その中で逃げ延びた魔物たちを一か所へと追い込んで囲い込んで討伐する。その現場にわたしは遭遇したというわけだ。
想像するよりはるかに恐ろしい現場だった。
ドラゴンが去った後、残った魔物は騎士たちによって駆除された。けれども逃げ延びた魔物の数も多く、動ける者たちは休む間もなく魔物を追って馬を駆けさせた。
残っているのは怪我をして動けない者たちだけれども、トゥーリの魔法で手当てされて、傷が癒えた途端、彼らは先に出発した隊を追って馬で駆けて行った。
わたしはといえば、怪我をした騎士たちの手当てに参加することもせず、血濡れた地面に這い蹲っていた。
異臭を放つ魔物の死骸を漁り、草の根をかき分けてサラちゃんを探している。
「サラちゃん、どこ。どこにいるの?」
わたしを庇ってドラゴンと戦ったサラちゃん。尻尾が千切れて小さくなってしまったサラちゃんの姿はどこにもない。
踏み固められた地面の一部となってしまったのかも知れないと、見失った辺りの土を掘って泥水を探る。
「サラちゃんどこ。お願い返事をして……」
サラちゃんは吠えたり鳴いたりする魔物じゃないから声なんて持っていない。這いつくばるわたしに同情の視線を向ける人たち。アシュレイ様は肩に手を置いて「ラナ」と名前を呼んだ。あきらめろと言われたくなくて首を振れば、その後は好きにさせてくれている。
トゥーリははっきりと「死んでるに決まってる。新しいサラマンダーを見つければいいじゃない」と言って不思議そうにしていた。蒼白になるわたしにガウディが「使い魔に感情移入する魔法使いはいないのです」と教えてくれた。
使い魔。そう。確かにサラちゃんは使い魔だ。わたしだって貰った時はいらないと思った。
でもずっとわたしの胸にくっついて一緒にいたのだ。情だって湧くし、刺客から逃げて地下に降りた時はモグラの魔物からわたしたちを守ってくれたのだ。
それが使い魔というものの役目かもしれない。だけどわたしにとっては命を守ってくれたサラマンダーなのだ。
わたしの気持ちを察して、危害を加えてはいけない人に向かって炎を吐いたりする危険なところもある。
でもお風呂も寝るのも一緒で、それこそ四六時中くっついている存在だったのだ。
指を差し出すとかぷっと咥える仕草や、ぷにぷにした肌を愛しく感じていた。
ずっと一緒にいた、命をかけてくれたサラちゃん。たとえサラちゃんにとって本能に法った行動だったとしても、わたしにとってはただのサラマンダーじゃない。
ずっと探していると再びアシュレイ様がやって来た。爪の中に泥が入り込んで真っ黒になった手を、同じく血に濡れた大きな手が取る。
「サラは役目を果たした」
「わたしのせいで死ぬことが?」
「皆を守った。サラがいなければドラゴンによる被害は拡大しただろう。サラはドラゴンを退けたんだ」
来なければ良かったなんて言えなかった。
アシュレイ様の言うようにサラちゃんの活躍がなければ、ドラゴンによる被害は大きくなっていただろう。サラちゃんの吐く炎は多くの魔物を焼き払った。サラちゃんがいなかったら被害はもっと大きくなっていたのだ。
だけど……。
「アシュレイ様の決めたことに背いたから罰が当たったのかな。でも罰ならわたしに当たるべきなのに」
勝手についてきたせいでサラちゃんに被害がでたのは事実だ。
どうしてサラちゃんにと思うけれど、これほど悲惨な現場だと想像できなくて、サラちゃんに守ってもらえると楽観視していたのもまた事実だった。
「ラナのせいではない。兄上の命令でトゥーリが動くと予想できなかった私のせいだ」
王太子はわたしに役目があることをしっかりと認識させた人だ。わたしがアシュレイ様について危険な場所に行くことを当然だと思っている人。
あのお方は弟であるアシュレイ様がこんなにも危険な場所に身を投じていると知っているのだろうか。
「アシュレイ様の魔力は?」
忘れていた。本来の目的はアシュレイ様に魔力を補充することだったのに、サラちゃんのことで頭がいっぱいになっていた。
アシュレイ様は銀色の髪まで魔物の血で汚れている。疲労も蓄積されているだろう。側にいるだけでも魔力は行くというけれど直接渡すほうが吸収が速い。
「私のことなど今は考えなくていい」
大きくて硬い手のひらが頬に触れる。労うような、そして慈しむような優しくて安心できる大きな手。でもサラちゃんのことで痛む胸は少しも和らぐことがなくて。
「ごめんなさい」
「謝るな。サラはラナのことを好いていた。使い魔冥利に尽きるだろう」
本当かな。サラちゃんは本当にわたしのことを好きでいてくれたのかな。
胸が苦しくて、サラちゃんに申し訳なくてぼろぼろと涙が溢れて零れ落ちる。
「ごめんねサラちゃん」
主として何もできなかった。何一つしてあげられなかった。胸元にいることとか、頭に乗っているのを忘れることだってあったのに。
もっと可愛がれた筈なのにと後悔ばかりが押し寄せる。
申し訳なくて、悔しくて、濡れた地面をぎゅっと握りしめた。




