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平和な時間


 王太子がやってきたことで、わたしは自分の存在がどういうものなのかようやく理解できた。

 超えてはならない身分の壁が気になって仕方がなかったのに、雲の上にいる高貴な方からああもはっきり言われてしまったのだから納得もする。


 アシュレイ様との間にある身分の差は変わらない。でもわたしにとっては使い物にならなかった無駄な魔力がアシュレイ様の助けになる。それが認められていることでアシュレイ様との未来が開けたのは嬉しいことだ。


 だけどアシュレイ様以外にどのような効果があるのか分からない。あるとしたらその先を想像するととても怖かった。


 わたしはアシュレイ様に独占されることで身を守ろうとしている。見も知らない不特定多数の人と接触するのは嫌なのだ。

 側にいて手を繋ぐまでなら平気だけど、接触の仕方で魔力の吸収量が変わるなら、一気に奪おうとする人が出てくることも考えられてしまう。すべての人が清廉潔白ではない。


 王命での結婚はわたしがアシュレイ様だけのものになる証明でもあった。アシュレイ様がわたしとの未来を望んでくれた結果だ。


 あんなに不安になって拒絶しようとしたのに、アシュレイ様は「側にいてくれるよね?」と、不安そうに瞳を揺らして訊ねた。


 わたしの王子様は大きくなっても心は天使のままだった。アシュレイ様と肩を並べて戦う人たちが聞いたら「天使ではなく戦神だ!」と怒るかもしれないけど、見た目はどうあれ優しくて温かい、泣き虫で元気な天使なのだ。

 ときどき欲望を優先して叱られた大型犬みたいになるけど、幼かったアシュレイ様は健在だ。


 王太子がやってきた日からわたしたちは寝室を別にすることにした。アシュレイ様が嫌なのではなくて自分たちのためにだ。

 だって心が通じ合っているうえに身分の心配もなくて、国王にも認められた関係なのだ。震え上がるような権力者に認められている。なんの障害もない。そうなると男女の一線を越えてしまう可能性大だ。


 よくよく聞いたら結婚前に子供ができるのは好ましくないらしく、わたし自身もそこまでの決意ができていない。アシュレイ様の家族からふしだらな女だと思われたくもない。アシュレイ様も凄く悲しそうだったけど同意してくれて、わたしたちは寝室を分けた。


 それでも寝室を分けた初めての夜から、アシュレイ様は絵本を持って毎夜やってくる。

「ラナに読んでほしくて」とベッドに上がり込んで身を寄せて頬を染めていた。


「仕方ありませんね」と言いつつも嬉しかった。

 見た目はすっかり変わってしまったけど、天使のアシュレイ様と過ごした時間は宝物だったし、大人になったアシュレイ様目線で絵本の感想を言ってくれる。

 ときどきアシュレイ様は寝落ちしそうになる。わざとだと分かっているので体を揺すって自分の部屋に帰ってもらうけど、彼の体温がなくなってしまうのは少し寂しかった。


 そんな日々はとても平和な時間だったけれど、王太子が来てから十日目。王国の北で魔物の大量発生が起きたと連絡が入った。

 夕闇染まる空を眺めながらそろそろ帰ってくるかなと待ちわびていたら、伝令の少年がやってきてアシュレイ様が北の辺境に向かうことになったと教えてくれたのだ。

 北の辺境軍だけでは対処しきれず、アシュレイ様が預かる騎士団が魔物の討伐へ向かうことになった。


 知らせを受けて居ても立っても居られず飛び出した。

 急いで馬に鞍をつけた。使用人が小さく纏めた荷物を差し出したので確認もせずに受け取ると、伝令の少年に道案内役を頼んで一緒に向かう。出立前の邪魔になるなんて考えは浮かびもしなかった。


 アシュレイ様がいるという騎士団の演習場には多くの騎士が集まっていた。今まさに出立といったところで、ガウディと一緒にいるアシュレイ様を見つけた。


 大きな騎士たちのなかにあっても、二人はさらに大きくて一際目立っていた。

 駆けるわたしに注目が集まる。気付いたアシュレイ様の青い目が見開かれた。


「アシュレイ様!」


 わたしは手を広げたアシュレイ様に向かって馬から飛び降りた。衝撃もなく受け止めてくれたアシュレイ様にぎゅっと抱きつく。


「わたしも行く。だってわたしはアシュレイ様の魔力だから!」


 しばらく一緒に寝てない。キスもしてない。アシュレイ様に何かあったらと思うと、貞操を気にした自分の愚かさを呪った。





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