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王太子は傍若無人


 逃げる間もなくあっという間に目の前に来たその人は、アシュレイ様と同じ銀色の髪と青い瞳をしていた。

 でもその青い目は細くて刃物のように鋭い。

 姿勢よく立ち、黙って見下ろされているのもあってとても冷たい印象を受ける。

 細身で背が高いけどアシュレイ様ほどではない。なのに威圧感が凄くてガタガタと震えてしまった。

 何もしてないのにごめんなさい、すべてわたしが悪いですと言わせてしまうような、そんな恐ろしさを持っている人だ。


「どうしてここに?」


 アシュレイ様は震えるわたしをぎゅっと抱き寄せてくれたけど、違う。王太子という未来の国王を前にしたら、アシュレイ様はともかく、平民のわたしは膝をつかなくてはいけない。だから抱きしめるのは不正解だ。


「視察を兼ねた遠乗りついでに未来の義妹をみてやろうと来たのだが……お前こそ何をしている?」

「兄上に怯える彼女を安心させようとしているだけです」


 違う、そうじゃなくて腕をゆるめて。膝をついて頭を下げさせてーっ!

……との思いを込めてアシュレイ様の腕を叩くけど、さらに強くぎゅっと両腕に囚われてしまった。まったく通じない。


「娘、ラナと言ったか。私は寛大だ、怯える必要はない」

「あ……ありがとうございます」


 なんて答えたらいいのか分からないままお礼を言ったら、「うむ」と王太子は頷いた。


「ところでアシュレイ。朝から娘の胸で泣いているように見えてしまったが、私の見間違いで間違いないか。もし見間違いなら視察どころではない。侍医のところへ向かわねばならぬ」

「見間違いではありません。妻にと望んで断られたショックから不覚にも落涙したのです」

「お前が落涙か、なるほど。アシュレイを泣かすとはさすがは選ばれし娘だ」


 王太子は冷酷にすら見える無表情のまま「あっぱれだ」と頷いている。


「だが娘よ。そなたはアシュレイを袖にするつもりか」


 袖になんてそんな烏滸がましい!

 そうだと答えたら殺される気しかしなくて「とんでもない」と首を左右に振った。


「アシュレイ、お前の間違いのようだぞ。お前が間違いを犯すなど珍しいな」

「いいえ、間違いではありません。私がラナに酷いことをしたのです」

「酷いこと?」

「これから全力で償います」

「いや、そんな暇はない。さっさと仲直りしろ。お前と娘の婚姻は絶対だ」

「えっ!?」


 王太子の言葉にびっくりして思わず声が出てしまった。


「なにも驚くことではあるまい」

「いえ、でも身分が……」

「それがどうした?」

「え?」

「うん?」


 王太子はものすごく不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。びゅうっと冷たい風が吹き抜けた。


「アシュレイ、お前まさか……娘の身分が低いからと侮り、類まれなる逸材を逃すつもりではなかろうな」


 え? なにそれ?

 なぜだか分からないけど、とんでもないことになっているのは確かだ。


「娘、ラナよ。よく聞け。アシュレイの不始末を許せず厭い、いかに拒絶しようと婚姻は成される。恨むなら己の能力を恨め。これは王命でもある」

「え?」

「兄上、無理やりはよくありません!」

「お前が望んだのであろう? 私の治世のためにも今さら覆させぬぞ」


 怖い、怖すぎる。無表情で見下されているせいで本当に殺されそうだ。

 アシュレイ様の腕を力任せにバシバシと叩いた。そうしたらおもむろに立ち上がって背中をトントンされる。

 寝かしつけてほしいわけじゃないんだけど……。

 それでも抱っこされたまま立ち上がってくれたお陰で王太子の顔が近くなった。これできっと怖くない……と思ったけど怖い、これ絶対に怒ってる!

 でも言わなければいけない。このままだとアシュレイ様が誤解されて罰を受けてしまうかもしれない。

 わたしは意を決して口を開いた。


「アシュレイ様は身分で差別される方ではありません。身分を気にしているのはわたしです。親のいない天涯孤独の平民がアシュレイ様の妻になるなんてあってはいけません」

「あってもいいぞ」

「え?」


 この短時間でいったい何度「え?」と口にしただろう。


「でも……平民ですよ? アシュレイ様は王子様です」

「だがそなたはアシュレイの少ない魔力を向上させる力を持っている。唯一無二の才能だ。逃がしはしない。準備が整い次第婚姻は結んでもらうぞ」


 えぇぇぇ?

 ちょっと待って。

 そんな簡単に言われるとこれまでずっと悩んでいたのはいったい何? ってなってしまうのだけど……。


「だが私も鬼ではない。どうしても嫌なら無理強いはせぬ。代替案として私の側室にしてやろう」

「なっ!?」

「私のラナです、兄上には渡しません!」


 吃驚しすぎて声が出なくなった。

 おかしい。この王太子は絶対におかしい。

 アシュレイ様の妻にならないなら王太子の側室にだなんてそれこそあり得ない。アシュレイ様もすぐに反対してくれた。そしてわたしの胸に引っ付いているサラちゃんが口を開けようとしたので……慌てて手で覆って攻撃を阻止した。

 手の中でもごもご蠢いているけど絶対に外に出せない。王太子の髪を焦がさせるわけにはいかないのだ。

 

「ならば早々に手中に収めろ。狙った獲物を確実に仕留めるのがお前の長所ではないか。王妃が煩かろうとさっさと仕留めてしまえ」


 高貴なお方がものすごくめちゃくちゃなことを言っている気がする。

 わたしは当然ながら返す言葉も度胸もない。アシュレイ様は「ぐぬぬ」と歯を食いしばって唸っているし、手の中のサラちゃんは尻尾でぱしぱしと手のひらを叩いていた。


 そこで「お時間です」とすまし顔の近衛騎士が王太子に耳打ちすると、「邪魔をしたな、次は城で」と来た時同様、王太子はものすごい早歩きで去って行った。




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