アシュレイの言い訳2
「解呪に至るまでを知られるのが怖いというのは?」
解呪の条件は体液が混じることだと理解していた。魔力の受け渡しと同じだ。
恥ずかしかったけど繰り返すうちに、恥ずかしさだけじゃない感覚も覚えてしまい行為に慣れてきた。
正直に言うとアシュレイ様にとってわたしは特別なのだと感じられる瞬間でもある。
けれどその行為に虚しさを感じているのも事実だった。
「あの日の朝、子供だった私は邪な考えなんてなかった。ただ絵本のような結婚式をラナとしたいと思ったんだ。それで……眠っているラナにキスをして。唇に。唾液が混じり合い呪いが解けた」
そうだったのか。
幼児のアシュレイ様が取った行動が功を奏したのはよかった。あの日アシュレイ様の中身が大人に戻っていなければ、刺客に襲われて命を落としていたかもしれないから心からそう思える。
「運がいいんですね」
「え?」
ぽかんとアシュレイ様の目が丸くなった。
「運も実力のうちなのでしょうか。刺客に襲われたのが一日早ければ、今のわたしたちはここにいないかもしれません」
きっとわたしが死ぬくらいじゃアシュレイ様を守れなかった。ガウディが強くてもアシュレイ様を守りながらじゃ難しいだろう。サラちゃんは……もしかしたらサラちゃんが守ってくれたかな?
「運がいいのだろうか?」
「いいと思いますよ」
「なら私から離れないでくれるか?」
アシュレイ様の青い瞳が真っ直ぐに、縋るように向けられた。
「魔力供給できるからじゃない。そんなことがなくても側にいたい。身分の差があるのは事実だが、ラナにはそれを凌駕するだけの才能がある」
「才能って……魔力供給のことですよね?」
繕っても同じ意味ではないのだろうか。
「そうだが、あくまでも手段の一つに過ぎない。一番は私がラナを好きだということだ。おそらくいいように利用されていると考えているのだろうが違う。それはあくまでも穏便にことが運ぶようにするための理由なんだ」
前のめりで必死に説得するアシュレイ様に対してわたしは落ち着いていた。熱の違いに気づいたアシュレイ様は「すまない」と謝罪して圧を鎮める。
「私はラナに魔力という手段がなくてもいい。一緒にいることが許されないとしたらラナを攫って国を捨てる。それくらい離れるのは嫌なんだ」
そんなことをされたらわたしは国にとって悪女認定されそうなのでやめてもらいたい。
「わたしは都合のいい相手なんだと思っていました」
「そんなことがあるわけない。まぁ、その……魔力の供給と言い訳して卑猥なことをしたのは認める。だが結婚するまで最後の一線は越えるつもりはない」
「越えるつもりはないから卑猥なことをしてもいいと?」
「それは……」
アシュレイ様は言葉を詰まらせた。
言い方が意地悪かもしれないが、魔力供給以上のことをしたのは事実だ。
解呪されたときの接触は絵本から得た知識で、結婚式の誓いのキス程度のものだったのだろう。
なら魔力の供給もその程度の口吻で済むはずなのに、舌を絡めて息ができなくなり、さらには何とも言えない感覚を与えられるまでに至っていた。
それって全部アシュレイ様の欲望だ。わたしは翻弄されて引き込まれてしまった。流されて逃げないわたしも同罪だけど、しかけたのはアシュレイ様だし、娼婦や愛人扱いされていると勘違いしても仕方がないと思う。
わたしの指摘にアシュレイ様は明らかに落ち込んでいた。ショックを受けているようだ。でも事実だし。
アシュレイ様は肩を落としたまま席を断つと傍らに来て膝をついた。
「私は君を得られたと思って浮かれていた。相思相愛だと決めつけて、憂いなく迎え入れる算段を立てた。だがそれは私の独り善がりだとようやく気づいた。ラナの意向を確認もせず、身分を理由に逃げられないようにすることばかりに意識がいってしまっていた。本当に申し訳なかった」
アシュレイ様が頭を下げる。
王子様なのに簡単に頭を下げるのはどうかと思うけど、正直な人だから見せかけだけの謝罪ではないと思いたい。
アシュレイ様は悪人じゃないし、自分の都合でわたしを支配しようとは思っていない。
なによりもわたし自身がアシュレイ様を信じていた。結局のところ好きになってしまったのだ。
魔力の供給が破廉恥な方法なのも災いした。でもアシュレイ様が真剣にわたしのことを考えてくれていたと知れただけで、胸につかえていたものがなくなった。
それでも二人の関係は簡単じゃないと思う。わたしはアシュレイ様を特別に思っているけど、客観的に見てあり得ない組み合わせだと十分に理解できた。
そんなことを考えながら膝をついたアシュレイ様を見つめていたら、緊張のせいなのかアシュレイ様は汗びっしょりになっていた。
身分もあって防衛の要でもある強い人なのに。わたしなんかを前にして緊張している様を身近に感じられて、辛かった気持ちがどんどん消えて、幼いアシュレイ様と過ごして楽しかった頃の気持ちが戻ってくる。
問題はあるけどアシュレイ様の気持ちを知ることができたので心は晴れた。ずっと膝をついて沈痛な面持ちのままでいさせるのは可哀想だなと思っていたら、「ラナ!」と、アシュレイ様は意を決したかに呼んで顔を上げた。
「実はこうして側にいたり、抱きしめたりするだけでもラナの魔力が入ってくるんだ。効率からすると体液交換が圧倒的に優れているのだが必須というわけではなくて……」
少しずつ声が小さくなって頭がだんだんと下がっていく。そんなアシュレイ様を見つめながらわたしは、今言われたことの意味を理解して時間が止まっていた。
「ごめん。ラナとキスしたくて。偶然解呪した以外はすべて私の欲望だった」
ということは……。
あの恥ずかしい時間は単にアシュレイ様の欲望が優先された結果だったということ?
衝撃を受けたわたしにアシュレイ様がたたみかけるように続けた。
「恥ずかしながら初恋なんだ。女性との交際経験もなく何もかもが初めてのことで、愚かな私はラナも喜んでくれていると決めつけて満足していた。だがガウディに相談してすべてが間違いだったと知ることになった。ラナが私を受け入れてくれたのは、私が記憶を失った少年だったからだと気付かされた。ならせめてラナが好んでくれた姿でいようと少年の姿になったんだ。幸いにもラナの側にいる限り魔力は補給できるので、なんなら死ぬまで少年のままでいることも可能だと思っていた。両親の許可や理解ある貴族の選定、抱えきれない薔薇の花束なんてすべて私の勝手な先走りだった。身分を理由に逃げられるのが怖かった。だから守るためだと大義名分を並べて、閉じ込めて囲うことだけを考えてしまった。屋敷に閉じ込めて危険回避を自然に身に着けさせるのではなく、ちゃんと説明して納得してもらい、妻になって欲しいと乞うのが何よりも真っ先にするべきことだったのに。なのに私は何もわからず、ラナも喜んでくれていると勝手に解釈してこの様だ」
一気に言い切ったアシュレイ様は胸を押さえて息を吐き出す。
「ごめん。ラナが好きだ。絶対に離れたくない」
そう言って青い瞳からぼろぼろと大粒の涙を零した。




