アシュレイの言い訳1
身支度を終えて部屋を出ると、すでに朝食の準備が整えられていた。
庭にはベンチがあるのでそこでサンドイッチでもと思っていたけど、温かい料理がテーブルセットにずらりと並べられている。
急な変更にも対応できる使用人たちはとても有能だ。彼らは少ない人数でやりくりしているので仕事を増やして申し訳ない。
側に人がいることに慣れていないし、聞かれるのも嫌だったのでアシュレイ様とお話をするために給仕を断って二人きりにしてもらう。
先に準備を整えて待っていたアシュレイ様はちゃんと元の姿に戻っていた。
白いシャツに黒いズボンとブーツの軽装で、このあと仕事に行く雰囲気でもない。今日一日をわたしのために使ってくれるようだ。
優先されていると感じてなんだか嬉しくなってしまう自分自身が情けない。どんなアシュレイ様でも好きなのだと改めて実感した。
少年の姿をしたアシュレイ様はわたしの癒しだった。見た目以上に幼い言動が保護欲をかきたてた。傷つけないよう愛情を持って慈しんでいた。
中身が大人になっても外見が与える威力は衰えない。少年のアシュレイ様が相手だから強く出れなくて、強烈な印象だっただけに感情まで巻き込まれてしまうのだろうと思っていたけれど。
こうして大きな体を所在なさ気に縮めて、叱られた大型犬が主人の機嫌を窺うみたいな目をしているのを目の当たりにすると、見た目は変わっても中身はアシュレイ様なのだなと実感してしまう。
こんな気持ちじゃ遠ざけるのも離れるのも難しい。
それくらいアシュレイ様はわたしの心に住み着いていた。孤独なわたしを癒やしてくれたのは間違いなくアシュレイ様だった。
呪いが解けて中身の年齢が違っているはずなのにこんなふうに感じてしまうのは、地下の洞穴で少年姿のアシュレイ様に守ってもらったからだろう。
アシュレイ様が変わったのは、あの日、あの時からだった。幼い子供じゃなく、大人の頼りになる素敵な男性に変わったのだ。
そしてわたしは大人のアシュレイ様に好意を抱いてしまっていた。だから都合のいい相手になるのが悲しかったのだ。身分不相応に幸せを望んでしまっていた。
そんなことを考えながらぼんやり立っていたら、アシュレイ様が椅子を引いてくれたので「ありがとうございます」とお礼を言って座る。
その流れで自分の椅子をわたしの真横にぴったり引っ付けようとしたアシュレイ様だったけれど、はっとして元の位置に戻していた。
これまでならわたしを膝に乗せたに違いないけど、それではいけないと思い留まってくれたらしい。
アシュレイ様にとってわたしは都合のいい存在かもしれないと思い始めていたのに、ガウディを含めて三人で暮らした頃のアシュレイ様に戻ってくれたような気がして体から力が抜けていく。
「生まれや身分は関係ないというのは本心からですよね」
「もちろんだ。ラナに嘘はつかない」
「わたしが不敬なことを言っても?」
「私とラナの間に不敬なんてない。対等だと思ってほしい!」
確認したら強い圧とともに同意してくれた。
「ではせっかく用意していだいたので頂きながらお話をしましょうか」
「ああ、そうしよう」
パンにジャムを塗ろうとして手を伸ばす前に、アシュレイ様がジャムを手にして立ち上がった。そうしてテーブルを回ってやってきたかと思うと、わたしの前にあるパンにジャムを塗って口元に寄せてくる。
つまり「あ〜ん」の体勢。
膝に乗せるのはやめてくれたけど餌付けはやめないらしい。
わたしは口を空けずに無言でアシュレイ様を見上げた。アシュレイ様は不思議そうにしていたけれど、はっとして手にしたジャム付きのパンを自分の口に押し込んで席に戻っていく。
わたしはそれを黙って見送ると、ジャムをつけずにパンを口に入れた。するとアシュレイ様から悲愴感が漂い出す。晴れていた空までどんよりしてきた気がした。
大人なんだからお口に「あ~ん」は必要ないので気付かないふりをした。
「アシュレイ様がわたしに伝えたいことや言いたいことは全て、考えていることも含めて教えてくれますか?」
向けてくれる好意がどういった類のものなのか見極めたい。だから話を聞くことにしたのだ。
アシュレイ様は緊張した面持ちでお水を一口飲んでから口を開いた。
「たった今ラナに嘘はつかないと言ったが……実はその……隠していたことがある」
バツが悪いのかとても言いにくそうだ。緊張から額に汗を滲んでいる。雄々しい姿が台無しだ。
でも大型犬が悪さをして主人に叱られるのを怖がっているようにも見えて可愛くもあった。
「この姿に戻るきっかけだが、その……戻ったのは初めて同衾した翌朝なんだ」
それって刺客に襲われた日の朝ってことか。
あの朝のアシュレイ様は確かに違和感があったけど……。
「喜ばしいことなのにどうして隠したんですか?」
「ラナに嫌われると思ったら咄嗟に……」
「嫌われる?」
「成長するにつれ私はこのような姿になって女性から恐れられるようになった。ラナに嫌われるのが怖かったんだ」
確かにあの朝は嫌いにならないで欲しいと言われた。そして嫌いにならないと答えた。なるほど。あれは解呪されたことを黙っていたのと、外見を気にしての言葉だったのか。
改めてアシュレイ様を見る。
大きくて顔には傷があるけれど少しも怖くない。天使じゃなくなったけど、姿形だけを見ても好みの部類だ。
恐れられるよりも、頼れる見た目で人気者に間違いなかった。女性の評判も悪くないとガウディも認めていた。王子様なのに自己評価が低いのはどうしてなのだろう。
「解呪に至るまでを知られるのも怖かった」
「魔物を相手にするのは平気なのに? アシュレイ様は意外に怖がりなのですか?」
「ラナに嫌われるのだけが怖い」
「他の人には恐れられたり嫌われたりしてもいいんですか?」
「他人の評判なんてどうでもいい。どんな評価をつけられようと私は私だ。だがラナに嫌われるのは怖い。嫌なんだ」
わたしに嫌われるのだけが怖いのか。
ごまかしなしの本心なら特別ってことになる。嘘をつかれていたらどうしょうもないけど、アシュレイ様がわたしを騙す目的なんて思いつかない。
唯一あるとするなら魔力についてだけれど、気にしているのは嫌われることだ。それは態度や表情からも真実だと思えた。




