求められる人(アシュレイ)
城近くにある屋敷に移ってからラナの様子がおかしい。視線が合うことが極端に少なくなって、どことなくよそよそしく感じてしまう。
一瞬嫌われたのだろうかと思ったが、会話は普通にしてくれるし勘違いだろう。しかしどうも引っかかった。
魔力の受け渡しは許諾を得ずにやるとサラが攻撃してくるので「いいだろうか?」と問えば、「もちろんです」と即答してくれる。だから嫌われていないし愛されているとの自負しかない。
なのに何かが違うと感じた。
私が大きくなりすぎたせいで、視線が合わせずらくなっているからそう感じてしまうだけなのだろうか。
不安になるあまり母との約束を破って早々にプロポーズしてしまおうかと気が急いてしまう。
準備が整っていない状況で中途半端に話しをしても、不安にさせるだけだろうから思いとどまってはいるのだが。
目的達成のためには後見人の選定が急がれた。
私欲なく平民の娘を受け入れてくれる心の広い貴族は少ない。三男とはいえ王家の外戚となるのだから、権力が集中しないよう検討する必要もある。
さらにはプロポーズするために必要な薔薇が咲いていなかった。
ガウディが妻問いした時に、抱えきれないほどの薔薇の花束を差し出していた。ガウディの妻だけでなく、目撃した皆が感動したものだ。
私もラナを喜ばせ、人目を憚らず幸せを感じて感動を顕にして欲しかった。
母自慢の温室の薔薇はまだ蕾で、急がせているがもうしばらく時間が必要だ。薔薇の蕾では格好がつかない。
そんな理由があるから、夜は共寝をしても体をつなげるようなことはしていない。母からきつく忠告されたからではなく、やはりラナに瑕疵をつけたくないからだ。腹が膨らむと花嫁衣装にも困ると聞いた。
成長するにつれ女性に縁がなくなっていったのでこの手のことには疎いが、ラナを幸せにするために自重し、さらには自分自身に磨きをかける必要がある。何事もできない理由にしてはいけない。
ただやはりラナの様子が気になった。
屋敷に閉じ込めているのも原因の一つだろうか。だがこれは必要なことだ。
ラナは今の私にとって唯一の弱点である。危険な目に遭わないため、屋敷の者たちに見張らせているし、馬術を学ばせたりしている。
怖がらせたくないから理由は話していないが、予想したとおり自ら使用人に提案して仲良くなり、楽しそうに励んでいると聞いていた。
掃除にかこつけて屋敷の隅々まで頭に入れてもらってもいる。人が来ない場所や隠し扉など、執事がそれとなく説明してくれていた。
「なのにラナの様子がおかしい。一見変わらないが私には分かる。なぁガウディ、なぜだと思う?」
「なぜって……殿下の言われることが事実なら、でしょうねとしか申し上げられません」
ラナについて秘密にすることが多いので相談相手となるとガウディしかいない。だから私の感じている違和感を告げたら、さも当然とばかりに頷かれてしまった。
「殿下のお考えは間違っていません。ですが彼女はこちらの事情を知らない。生まれも育ちも違うのですから推察することもできないでしょう」
「話していないのは意図的に秘密にしているからだ。プロポーズは突然がいいのだろう?」
「それは人それぞれかと。私の時は妻の理想を実行したまでです」
ガウディは抱えきれないほどの薔薇の花束を差し出し、大勢の人目のある中で求婚した。無骨者のガウディが跪き真剣に結婚を申し込む姿は、男の目から見ても素晴らしいかった。
「プロポーズするのを前もって伝えるのは……私もラナを驚かせたい」
「私はプロポーズの内容を指示され実行したまでです。驚かせてはいません」
それでもガウディの妻は歓喜して泣くほど喜んでいた。
「薔薇が咲いたらプロポーズする、それまで待ってくれと言うのか?」
それだとなんとなく情けない気がする。それ自体が求婚しているのと同じではないだろうか。
「殿下、今は理想のプロポーズのことは置いておきましょう。まずはラナ殿のことです。話を聞く限り、恐らく彼女は自分の立場を理解できていません。都合のいい相手と思われているかも知れませんよ」
「都合のいい相手とは?」
「殿下の欲望の処理として使われているということです」
「なっ!?」
なんてことを言うのか。私はラナを欲望の処理のために使ってなんていない。
「なんの約束もしていないのに、身分ある男が平民を囲っているのです。外に出ることも許していない。殿下の事情を知らない者からすると、彼女は愛人だと思われるでしょう」
なんたる侮辱。頭に血が上ったがガウディの言うことも間違っていない。
確かに若い娘を閉じ込めて囲っている輩がいた。親に売られた娘で、囲う輩は地位も金もある男だった。人身売買は禁じられている。駆け出しの騎士だったころ任務に就いて捕らえたのを思い出した。
では何か? 私はあの男と同じことをしているようなものなのか?
いや、それはない。絶対に違う。だが傍目からはそのように見えてしまうのかもしれない。
慌てた私は両陛下を訪ねて後見人の選定を急いでもらうよう頭を下げた。母の温室に出向いて蕾の具合を確認した。
そうしてこの夜は魔力補給という名の口づけを諦めて、ラナを後ろから抱きしめるだけにした。
そんな中、ラナを腕に抱いているのに睡魔が一向に訪れない。やはり今すべてを告げるべきだろうか。しかし何も整っていない。謙虚な彼女が慄いて逃げ出さないか心配だ。
眠れないまま何時間も葛藤する私の耳にラナの独り言が届いた。
「アシュレイ様、どこに行っちゃったの?」
その言葉に衝撃を受ける。
私はここにいる。だがラナの求めるアシュレイでないのは必至だ。
では彼女の呟きは何を意味するのか。答えは一つ。
ラナは少年だった私を求めていた。




