慕情
わたしは新しい仕事のために、お城の近くにあるお屋敷に移動した。
そこはアシュレイ様が所有するお屋敷で、都外れの自然豊かなあのお屋敷とは比べ物にならないほど豪華で広かった。
執事に料理人、そして複数の侍女や庭師に厩番まで。これでも少ないと言われたけれど、ざっと見ただけで二十人はいた。
さらには国防に関わる仕事と聞いていたのに、蓋を開けてみたら特に何をするわけでもない。「ここで暮らして私に魔力を補給する。それがラナの仕事だよ」と言われて返す言葉がなかった。
国防に関わる仕事というものがなんなのか想像がつかなくて。
そんな中で危険があるのだろうかとか、元教師にできることといえば事務方で書類の整理だろうかなんて色々と想像していたのに。
新しいことに挑戦するのに不安よりも期待の方が大きかった。
アシュレイ様と仕事ができることに喜びを感じていたし、役に立てる未来に胸が膨らんでいた。
魔力補給はアシュレイ様の役に立てる。望み通りの期待した仕事だといえるのだろう。
だけどなんだが違うような気がして……いや、想像と全く違った。
だって魔力の受け渡しなんてすぐに終わってしまう。労働とはかけ離れている。お屋敷に閉じこもって何をして過ごせばいいのか。
アシュレイ様と一緒にいられるのはとても嬉しい。でも同時に不安だった。
この不安は魔力の受け渡しが肉体的接触を伴うことからきている。
わたしとアシュレイ様は唇を重ねて唾液を交換する。体に触れて抱きしめ合って、ベッドに押し倒されたりもした。
果たしてこれは仕事なのだろうか。
百歩譲って仕事だとして。
だけどこんな状況の中でもアシュレイ様はいずれ結婚するだろう。
その時に魔力補給をする姿を見られたりしたら奥様はショックを受けると思う。嫉妬するだろうし。愛人だと思われてしまう可能性だってある。
わたしだってアシュレイ様が奥様と仲良くする姿を間近で見るのは辛く感じてしまうかもしれない。
そんな考えが一瞬で脳裏に過って一気に不安が押し寄せた。
「ラナ、どうかそんな顔をしないで欲しい。もう少しですべてが調う。そうしたらとても大切な話をするから」
「分かりました」
大切な話って何だろう。気になるけど聞ける立場になんてないから問い返すことなんてできなかった。
すべてが調うってどういう意味なのか。
魔力補給に関することだとしたら……まさかアシュレイ様だけではなく、不特定多数の騎士や魔法使いに魔力を分けるようなことになるのではと、恐ろしい考えが浮かんだ。
これって、娼婦じゃないよね?
体を開くわけじゃない。でも近いと思う。すべてが調ったら他の人とも同じように魔力のやり取りをするのだろうか。
こうして不安から始まったお屋敷での生活だったけれど、いざ始まると想像したよりも快適だった。
わたしの立ち位置は使用人に近いと思う。なのに朝と夜はアシュレイ様と食事をする。与えられた部屋は魔力の補給がしやすいようにとアシュレイ様の隣の部屋で、寝室同士が扉でつながっていた。
アシュレイ様の在宅時は常に一緒にいるけれど、そうでないときはお屋敷の中を好き勝手動くことを許された。
日中はやることがないので、庭に出て庭師の手伝いを申し出たら快く迎え入れてくれて、暇で一日を潰してしまうことにならなくてほっとした。
厩では馬の世話をさせてもらえるし、乗馬の練習を勧められてやってみると楽しかった。
お屋敷の中で掃除を手伝うことも「仕事を奪うな」なんて言われることなく、逆に「人手が足りないから助かる」と快く受け入れてくれて。料理は料理人がいるので野菜を洗ったりお皿を出したりと手伝いだけだ。
みんなと一緒に動いていて分かったことは、二十人ほどの使用人がいるのに人手が足りていないということ。これでも少ないというのは謙遜じゃなくて本当のことだった。
そうして七日ほど過ごしてお屋敷での生活に慣れてくるにつれて、夜が来るのがなんとなく嫌だなと思うようになっていた。
夜が来たらアシュレイ様と一緒に過ごす。それは嬉しい。だけどその延長線上には魔力の補給がある。そのことがなんとなく嫌なのだ。
夜の帳が下りると部屋に籠って、成人した男女がソファーやベッドの上で二人きりで口づけを交わすのだ。しかも濃厚な。
これはいやらしいことじゃない。アシュレイ様が魔法を使うのに、国防に必要なことだと自分に言い聞かせる。
気持ちよくて体が熱くなって翻弄されるけれど、持っていかれてしまわないように現実にしがみつく。
まるで愛されているような錯覚を覚えるたびに、この先を望めるような身分じゃないって、自分自身に言い聞かせる。
「好きだよ」と言われる度に胸が締め付けられるのはどうしてなのか。そのまま抱きしめられて眠ってしまい、一緒に同じ朝を迎える度に胸が痛む。
大きな腕に囲われて眠る毎日が寂しいのはどうしてなのだろう。
「アシュレイ様、どこに行っちゃったの?」
呪いが解けたから少年の姿をしたアシュレイ様はいなくなった。ただそれだけなのに。わたしを抱きしめて翻弄する男性こそが本当のアシュレイ様なのに。見た目だって素敵で頼りがいのある大人の男性なのに。
なのにどうしてわたしはあの日を恋しいと思ってしまうのだろう。




