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王妃(アシュレイ)


 私の両親は国王と王妃をしている。特殊な立場なので、世間一般の親子関係と異なっているのは当たり前だ。

 けれど他の王家と比べれば家族仲はいいと思う。


 長兄の王太子は治世のため、武に長ける私を利用することに躊躇がない。けれども怪我をすれば案じて真っ先に駆けつけるような兄だ。危険な命令を下すときの弟を案じる表情は隠すべきだろう。王太子の威厳のために注意しているが未だに改善されていない。


 次兄はスペアとして育ったが、長兄の立場を奪い取ってやろうとの思惑を抱くこともない穏やかな性格だ。長兄に子が生まれたのを期に隣国の王女の王配となった。

 次兄は不思議なことにトゥーリと仲がいい。彼女伝いに毎年私の好きな隣国特産の果物を大量に届けてくれる。


 私たち三兄弟は両親との接触はそれほど多くないままに育ちはしたものの、深い愛情を注いでもらったと理解していた。


 特に母は多忙な公務の間を縫って、一日に一度は必ず顔を見せてくれた。

 接するのがほんの少しの時間だとしても、大人になるにつれて、そのわずかな時間を作るのに母がどれほどの努力をしているのか知ることができた。

 そんな母は今回の騒動の発端であるメイサ王国の王女サフィラスに対して、息子が馬鹿にされたと鬼のように怒っていたものだ。


 その母に私は少しだけ会うのに躊躇がある。

 なぜなら呪いで小さな体と心に戻ってしまった私は、愛情を持って育ててくれた母に気づくことができなかったからだ。 


 小さな私の記憶にある母は多忙のためにやつれていた。痩せ過ぎて骨と皮だけの女性が私の記憶にある母だった。母は三度の出産とも難産であったせいか、細くて病気になりやすい女性だったのだ。


 けれども呪われた私の目の前に現れたのは、ぶくぶくまんまるな薔薇色の肌をした中年女性だった。

 老師の魔法による治療の甲斐あって健康を取り戻し、つやつやぷりぷりな中年女性となった母が、「わたしのアシュレイがなんてことに!」と泣きながら突進してきたものだから私も泣きながら逃げ惑った。


 歳を重ねただけでなく、ふくよかになった女性を母とは思えず、苦手で気持ち悪い御婦人と勘違いしたのだ。

 今思い出してもあの時の恐怖は計り知れない。大きな中年女性が脂肪を揺らして追いかけて来る。文字通り取って食われると思った。

 そうして感情が高ぶった私は魔法で爆発を起こすに至る。

 運よくトゥーリがいて母を守ってくれたからよかったものの、一歩間違えば王妃殺しの犯罪者になるところだった。


 記憶をなくしていたとはいえ、私の行動は息子を愛している母の心を傷つけただろう。きっと落ち込んでいる。ラナとのこともあるが、まずは母への謝罪からだ。

 

「母上。たいへんなご心配ご心労をかけだけでなく、慈しんで育ててくださったのにとんでもない親不孝をしてしまい申し訳ございませんでした」


 膝をついて頭を下げた。母は「戻ってきてくれたのね!」と歓喜の涙を流しながら私を抱きしめる。「可愛いわたしの坊や」と二十四になる息子の、火傷痕のあるこめかみにキスをした。


「元はといえばあの王女が悪いのよ。彼女はお気に入りの吟遊詩人と出奔したらしいわ」


 忌々しげに吐き捨てた母は「でも、もうそんなことはどうでもいいわね」と私をお気に入りの温室へと誘った。

 母は家族だけで話をしたいときは必ず温室に入る。侍女や護衛は温室の外だ。自ら茶を入れて、自分の前には大きくて甘そうなカスタードたっぷりのタルトを置いた。


「老師から話は聞いたわ。あなた平民の娘を溺愛しているそうね」


 母はタルトにフォークをぶすりと刺す。気に入らないことがある時の癖だ。


「アシュレイ、大丈夫よ。平民に手を出さずとも、あなたにはふさわしい素敵なお嫁さんを必ず見つけてあげますかね」

「母上にご覧いただきたいことがございます」

「まぁ、なにかしら?」


 私しかいないのをいいことに、母は行儀悪く大きめに割ったタルトを口いっぱいに詰め込んだ。


「飛行魔法を習得いたしました」

「え?」


 母の口からポロリとタルトの欠片が落ちた。

 その母の手からフォークを抜き取り皿に戻して腰を抱くと、ふわりと浮いて温室内を空中散歩する。

 母はその間驚きのあまり言葉を無くしてしがみついていた。

 温室の中を一周して無事着地してみせると「なんてこと!」と感嘆の声が上がる。


 飛行魔法は高度な魔法で誰もが簡単に使えるものではない。それは魔法使いでもだ。

 使えたとしても飛行距離も短く人を抱えてなんて無理だ。

 だから基本的に高所からの落下速度を緩めるために使われていた。


 魔力の器が小さく、物理的攻撃の補助としての利用しかしてこなかった私が、高度な飛行魔法を使いこなしただけでなく、母と共に温室を舞ったのだ。こんなことができる魔法使いがごくわずかであることを、王妃である母はよく知っていた。


「私が愛する女性はラナといいます。確かに平民ですが、こうした奇跡を現実に起こす力を持っています。魔力の受け渡しには接触が不可欠です。私は愛する女性を他の男と共有するつもりはありません」

「正式な妻にすると言うのですか?」

「愛しているのです。彼女も私と同じ気持ちに間違いありません。陛下の前にまずは王妃に求婚の許可をいただきたい」

「その娘はあなたが王子だから好意を向けているとは思わないの?」

「彼女は私のために命を投げ出しました。少年の私を守るために地下洞穴に住む魔物に立ち向かい、その身を犠牲にすることを厭わない女性です」


 いかにラナから愛されているのかを説明する。私の外見が婦女子を怯えさせることをよく理解している母は、「まぁっ!」と声をあげて頬を染めた。


「鬼神や悪鬼と恐れらるあなたを守ろうと!?」

「恐怖に震えながらも前に立ち、必死に守ろうとする彼女の勇気ある行動に心を打たれました。彼女しかいません。ラナは私の運命の女性です」

「分かりました。陛下にお話しなさい。国のため貴族の娘と政略結婚をと言われたなら、王妃として味方になり陛下に意見いたしましょう」

「ありがとうございます」


 父は国王だ。国益のために極上の魔力を豊富に持っているラナを有効活用する選択をする可能性もある。

 だが母が味方に付いてくれるなら千人力だ。父は母に口で勝てたことがない。

 これでラナが他の男に触れられる心配は消えた。


「ただし順番は守りなさい。これから大急ぎで後見の選定をしなくてはいけないし、膨らんだお腹で式を迎えるなんてことになれば何を言われるか」

「承知しています」

「愛しい娘のために堪えるのですよ?」


「いいですね?」と母からは厳しい目で二度、強く念を押された。




 


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― 新着の感想 ―
二度、強く念を押された。 お母様、心当たりがお有りで・・・? とりあえず、元婚約者のありえん姫は、出奔ということで、多少溜飲が下がると言うか。 苦労しろ、と思ってしまうというか。 でも、好き勝手生…
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