アシュレイ様の謝罪
トゥーリはぐるぐる巻きにされたまま、ナルテカに連れられて帰って行った。
「孫が本当にとんでもないことをして悪かった」と、ナルテカが深々と頭を下げてくれたのに、当のトゥーリは「わたしは絶対にいいことをしたはずよ。アシュレイ様なんてわたしに感謝して足を向けて寝られないんだから!」と最後まで主張していた。
まぁそんなこんなで一日があっという間に終わってしまって。わたしは出ていくためのに荷物を纏めているところだ。
ここでお世話になっている間は生活費が必要なかったけど、アシュレイ様の呪いが解けたらわたしは用無しだ。そもそもトゥーリの言っていた解呪法は必要なかったし、初めからいらない存在だったともいえる。
今日は言い出せなかったけど、新しい仕事の紹介が可能か明日にでも相談してみるつもりだ。夢の時間は終わった。寂しいけど現実をみなくては。
それにこのままだと面倒なことになりそうなので、名残惜しいけど普通の生活に戻らなくてはいけないと思っていた。
クローゼットに入れていた服を鞄に詰める。ここで準備してもらった服はクローゼットに残していくことにした。そこでアシュレイ様が顔を見せる。
「寝る前に温めたミルクでもどう?」
「いいですね。すぐに作ります」
「私がやるよ。ラナに教えてもらったからそのくらいできる。ところで何をしているのかな?」
「荷物をまとめています」
「そうか、なるほど。でもまだ早いな」
アシュレイ様は荷物を詰めたばかりの鞄をクローゼットにそのまま入れてしまった。
「ラナに新しい仕事を準備しているところだ。国防に関わるから今は詳しく話せないけど、準備が整うまではここで暮らして欲しい」
「ありがとうございます!」
わざわざお願いしなくてもちゃんと考えてくれていたなんて。さすがは天使だったアシュレイ様だ。気が利く素晴らしいお方で間違いなかった。
「実は仕事をクビになって、どうしようかと不安だったんです」
「町での教職は準備してあげられなくて申し訳ないけど……」
「いいえ、何だったやります」
アシュレイ様が紹介してくれる仕事なら安心だ。慣れないことに挑むのは不安だけど生きるためだし、国防となると教職よりもお給料がいいかもしれない。
初めての仕事でもしっかり真面目に取り組んでアシュレイ様の顔を潰さないようにだけはしないと。
問題が一つ片付いてほっと胸をなで下ろしたところで、アシュレイ様がおもむろに片膝をついてわたしの手を取った。
少年だった時には当たり前だったのに、膝をついた大きなアシュレイ様を見下ろすのには慣れない。硬くて大きな手に包まれると守られているような気になってしまうし、見つめられたらドキドキしてしまう。
天使のアシュレイ様はひたすら可愛かったけど、戦神のアシュレイ様はとっても素敵だ。いつの時代も年齢特有の魅力を放ってモテモテだろう。好みの問題もあるけど、サフィラス王女が彼を拒絶したなんて本当に信じられない。
ぽおっとしてしまって思考がずれていたら「ラナ」と名前を呼ばれて我に返った。
「こちらの事情に巻き込んで本当に申し訳なかった」
アシュレイ様はわたしの手を取ったまま、深々と頭を下げた。
「呪いが解けていたことを秘密にして悪かった。私は女性から怖がられる姿をしているから、ラナに嫌われたらと思うと言い出せなくなってしまったんだ」
そう言ってわたしを見上げたアシュレイ様の唇は引き結ばれていたけど、瞳は少年だった頃となんら変わらない。とても綺麗な青い輝きを放っていた。
自分の事を怖がられる姿をしていると評価しているけどちっとも悲しそうじゃない。どちらかというと嬉しそう。きっと鍛え上げた自分に満足しているのだ。
わたしはアシュレイ様を嫌ったりしない。その意味を込めてぎゅっと大きな手を握り返したら、引き結ばれていた唇が嬉しそうに弧を描いた。
「今思い返すとアシュレイ様は何度も話を聞いて欲しいと仰っていました。このことだったんですね。わたしのほうこそ、ちゃんと聞けなくてごめんなさい」
天使のアシュレイ様と過ごしている間は夢のような幸せな時間に感じていたけど、重大な役目にどう対応しようか悩んでいた。そのせいで伝えようとするアシュレイ様の気持ちに気づけなかったのかもしれない。
でももうその心配はない。アシュレイ様は自分で呪いを解いて立派な姿を見せてくれている。今後の生活の不安もなくなって心は穏やかだ。今はどんなことだって許してしまえる気がしていた。
「では、秘密にしていたことを許してくれる?」
「もちろんですよ」
「よかった、ありがとうラナ!」
嬉しそうに声を上げたアシュレイ様は、わたしの体の脇に手を入れてふわりと抱え上げた。突然のことに小さな悲鳴を上げたけど、高い位置から見下ろしたアシュレイ様はとても嬉しそうで。そのままさらに高く抱えられてくるくる回った。
「アシュレイ様!?」
「ラナありがとう。大好きだよ!」
回るのをやめても下ろしてもらえず、子供のように腕に抱っこされる。目の前にアシュレイ様の顔があってふと手を伸ばした。
アシュレイ様の右のこめかみには火傷のような痕が残っている。古傷のようだ。そこに触れるとわずかに目が見開かれた。
「これはどうしたのですか?」
「魔物の毒にやられて。未熟だったから」
「痛くありません?」
「その部分はあまり感覚がない。その……消した方がいいだろうか?」
「どうしてですか?」
びっくりして今度はわたしが目を見開いた。アシュレイ様は「見苦しいだろう?」と瞳を揺らしている。
ああ、そうか。天使のように愛らしく美しかったアシュレイ様からすると、顔に傷ができるのは好ましくないことなのか。確かにわたしですら顔に消えない傷ができたら落ち込んでしまう。考えなしだったと気づいて慌てて手を引いた。
「ごめんなさい、不躾でした。でもわたしたち民を守るためにできた傷ですよね。戦う人にとって傷は勲章だと聞いたことがありますし、わたしもそう思います」
「本当にそう思ってくれる?」
「はい。それにこの傷はなんだかかっこいいですし」
慰めるためじゃなく素直な意見だ。
だって鋼のような肉体を持っているアシュレイ様にとても似合っている。この傷が確実に男前度を上げているし、ものすごく強い人に見えた。
アシュレイ様は傷跡に劣等感を持っているようだけど、わたしからすると過酷な戦いを生き抜いた証にしか見えない。
「もしアシュレイ様が気になるのなら消してもいいと思いますけど」
「いや、思わない。少しもね」
「そうですか。わたしも消してしまえなんて思いません。だって素敵ですもの」
その途端、「ラナ!」と声を上げたアシュレイ様諸共ベッドへ投げ出されて唇を塞がれた。
吃驚している間に割って押し入られてしまう。舌を絡められて魔力を取られているのだと理解した。
なのにちょっと唇が離れた隙にサラちゃんが顔に飛び乗って。くぱっと口を開いたサラちゃんがアシュレイ様に火を放った。




