きっと勘違い
アシュレイ様に横抱きにされたまま応接室へと移動してしばらくすると、妖艶美女とトゥーリも喧嘩をやめて姿をみせた。
すっかり日が上りきっていて窓の外には青空が広がっている。わたしが目を覚ましたのは朝ではなくてお昼前だったようだ。「洗濯物がよく乾きそうだなぁ」と、生活感まるだしの庶民じみた言葉が漏れた。
「ごめんね。私のせいで」
アシュレイ様から謝罪の言葉が降ってくる。顔を上げると眉を下げて本当に申し訳なさそうにしていた。
「眠りの魔法が利きすぎたようで、呼んでも揺すっても目を覚ましてくれないからとても焦ったよ」
「殿下の器は小さいからな。そこが良質の魔力でぱんぱんに満たされたのだから、つい強くかけすぎても仕方あるまい。制御が完璧でなくともそのうち慣れよう」
アシュレイ様の魔法を貯めておくための器は小さくて、そのせいもあって使える魔法の効力はそれほど強いものではないそうだ。
普段は戦闘で能力を上げるのに使っている程度なのだけど、取り込んだわたしの魔力はアシュレイ様の器との相性がいいだけでなく、質もいいものだから、望んだ効果以上の結果が齎されるらしい。
トゥーリの祖母で魔法使いの頂点に立つ、老子と呼ばれているメルテカが無知なわたしにそう説明してくれた。
あるだけで役立たずな魔力がこうして役に立てるのは嬉しい。
「私とラナの相性がいいということだな。トゥーリの呪いの効果がぶり返したのでなくてよかった」
ほっと息を吐いてわたしの頭に頬をすりすりするアシュレイ様。
そんなアシュレイ様を微笑ましく見ていた妖艶美女改め、メルテカがわたしの胸に引っ付いているサラちゃんを顎で指した。
「殿下にはサラマンダーを使役するだけの能力はなかった。だがお嬢さんに接触していたおかげで上質な魔力が補給でき、本来の能力を超えて使役するに至ったのだろう。相性もあるが、魔力の受け渡しには信頼も必要だ。お嬢さんが殿下に疚しい感情を抱かずに無条件で受け入れていた証でもある」
確かにアシュレイ様はわたしにひっつきもっつきしていた。慕われて嬉しかった。とても可愛いくて何でも許してしまうほど愛らしかった。心の底から楽しくて一緒に遊んだし、守らなくちゃいけないとも思っていた。
だけど疚しい感情がなかったわけじゃない。
解呪が成功したらアシュレイ様の良心に縋ってもとの生活に戻れるよう取り計らってもらおうと思っていたし、無理なら新しい仕事の世話をしてもらうつもりでいた。
けれどそう告白する前に「やはりそうか。思っていたとおりだ」と、アシュレイ様がわたしを抱く腕に力を込めた。
今わたしはアシュレイ様の膝の上に座らされている。平民女が王子様の膝の上なんてとんでもないことだ。
なのに降りても「うん?」と笑顔で首を傾げられて、さも当然とばかりにひょいっと抱えてお膝に戻されてしまうのだ。
ガウディに助けを求めても今日の彼は護衛に徹して愛想がない。全身を甲冑で覆っている。兜までしっかりと被っていた。
アシュレイ様が大人に戻って感情のままに魔法を使うことはなくなったのにどうしたことか。
わたしの戸惑いを他所に「そんなことはいいから」と、前の長椅子にメルテカと並んで座っているトゥーリが口をはさんだ。
「いいかげんこの縄解いてくれない?」
彼女の主張する通り、トゥーリは縄でぐるぐる巻きにされたままだ。この縄はメルテカの魔法で固定されているらしく、彼女が解除するか、それ以上の魔法で対処しないと外れないらしい。
トゥーリを拘束する縄や着ている服には出血の痕が色濃く残っていた。でも少しも痛そうじゃない。血も止まっている。
メルテカとアシュレイ様、そしてガウディまでもがトゥーリの状況について何も言わない。
わたしからすると、血をべっとり張り付けた女性がいるだけで心配なのに、みんなが平気な顔をしているのがちょっと怖かった。
「貴様はしばらくそのままだ」
「どうしてよ! 物事は結果がすべてのはずでしょう!?」
ぐるぐる巻きにされていることに対して抗議の声を上げるのは当然だろうけど、結果がすべてというのには同意できない。
それにトゥーリのことはわたしも信用していないので、彼女の祖母がそうしているのなら正しいと思われる。
ただ見た目がね。血を流した女性が縄で縛られているのを目の当たりにしているのは、こういうことに慣れない身としては気になって仕方がなかった。
「アシュレイ様の嫁探しが難航しているって困ってたじゃない。めぼしい女性には相手がいるし、いなかった女性も急に相手ができちゃったとかって嘆いていたじゃないの。それがほら見て! わたしのお陰で仲良くなってる。なんの問題もないわ!」
いえ、大ありです。
それにアシュレイ様の嫁探しが難航しているって、上流階級にありがちなしがらみ云々ってだけだと思う。
好みはあるとしても、こんなにも素敵で頼れる大人の男性に成長してるのだ。アシュレイ様を嫌う女の人なんていないと思う。
今はちょっとわたしを抱っこして離さないという変な現象に陥っているけど、これは幼児に戻っていたときの後遺症だろう。そのうちなくなる。
そんなことを心の中で呟いていたら「すぱんっ」と小気味良い音が部屋に響いた。メルテカがトゥーリの後頭部を思いっきり叩いたのだ。
「痛ぁっ。ばあちゃん何するの!」
「嫁探しが難航したのはサフィラス王女を怒らせた貴様のせいではないか。王女の態度はともかくディード王国にとっては有益な婚姻となるはずだったのだ。それを馬鹿孫めっ。今の結果は不幸中の幸いでしかないわっ!」
「わたしはこの結果を予想していたわ!」
「嘘つけ」
うん、わたしも絶対に嘘だと思う。
だけど困ったな。周囲がわたしをアシュレイ様の嫁認定しようとしている気がしてならない。
会話からだけじゃなくて、態度からもそんな雰囲気が伝わってきて不安になる。
だってわたしを抱っこして行儀が悪いアシュレイ様を誰も注意しないのだ。
まさか相手が見つからないなんて理由で、王子様の結婚相手に平民を選ぼうとしてないよね? もし万一にも本当に相応しい相手が見つからないとだとしても、王族が貴賤結婚なんてあり得ないから。
ぜんぶわたしの勘違いだよね?
そんなの無理だから。絶対に許されないから。
アシュレイ様がわたしを膝に乗せて、ぎゅっと抱きしめて頭に鼻を埋めているのは幼児だった頃の名残でしかない。
うん、そうだ。きっと勘違いだ。
メルテカもそんな生温い目を向けてないで、年長者として注意して欲しい。




