可愛い彼女(アシュレイ)
黒曜石の瞳から涙を溢れさせたラナは、急に大人の姿へと戻ってしまった私を凝視したあと、言葉もなく泣き続けた。
そしてついにはたまらないといったふうに、可愛らしい小さな手のひらで顔を隠してしまった。
私はとえいば突然暴露された秘密に戸惑い混乱していた。
昨日の襲撃を聞きつけた老師……ナルテカが現れたかと思えば、一目で私の浅ましい秘密を暴いてしまったのだから当たり前だろう。
老師はディード王国で最も長寿と噂される偉大な魔法使いだ。そしてトゥーリの祖母でもある。
活動的な肉体を維持するために二十代前半の姿をしているが、実年齢は百を超えている。
私も人のことをいえないが、聞かされた当時は詐欺に等しい若作りだと引いたものだ。
最近は老い先短いからと表舞台から引退して、後継の教育に力を入れている。
人前には滅多に姿を現さなくなっていよいよ寿命が尽きるかと噂されていたが、見たところまだまだ現役のようだ。
今日は事の顛末を聞きつけて、孫の不始末解決に駆けつけてくれたらしい。
老師の気遣いはとても有難い。しかしできるならあと一歩、もう少しだけ遅れてきて欲しかった。そうしたら今度こそ、自分の言葉でラナに事実を告げることができたのに。
いや、これは狡い私への罰なのだろう。人のせいにしていいことではない。
老師の言葉から私の嘘を察したラナは、解呪の役目から解放された安堵からか、涙を零して喜んでいるようだ。
しかしながら老師の力で事実が明るみになると、大人の男へと戻ってしまった私を凝視して唖然としていた。
細く頼りない十代前半の姿から一気に戻った肉体はまさに屈強な戦士だ。
戦うのに必要な筋肉は、この時に備えて着ていた少年の体には大きすぎる衣服をはち切れんばかりに押し上げている。ほんの少し動くだけで縫い目が裂けるほどぴちぴちだ。
声も出さずに涙を零すラナに手を伸ばしたが、筋肉で覆われた太い腕と指が視界に入って、途端に触れることができなくなった。
傷だらけの他人を畏怖させる肉体は、ラナの細い首なんてひと握りでへし折ることができてしまう。
私の腕の太さに恐怖して身をすくませるのを見てしまったら、ショックで立ち直れない。
これまでは全世界の女性から恐れられようと何とも思わなかった。そのように成長した自分を誇らしくさえ感じていた。日ごろの鍛錬を欠かさず、さらなる高みを目指した。
けれども今は、恐れられる我が身が呪わしかった。
ラナに醜い蛮族のような姿を晒していることが耐えられず、今すぐ逃げ出したかった。けれど私は自ら事実を告白して謝罪しなくてはならない。
「ラナ、私は……」
眠るラナに口づけして呪いが解けたこと。それを隠して不埒な行為に及び続けたこと。それらを今すぐに謝罪しなければ永遠に機会を失う。
欲望に負けたツケを払うときが来たのだ。
愛しい人を失う辛さに拳を握りしめた私の胸に、ぽすっと音を立てて小さくて柔らかいものが飛び込んできた。
それはまるで羽毛が詰まった枕を投げられたような軽い感覚で。しかし飛び込んできたのは枕ではない。
何が起きたのか理解するより早く、柔らかなものが首に巻きついた。
「うわーん、よかった。よかったぁ!」
耳元ではしゃくり上げる声。それは絶望に打ちひしがれたり恐怖に怯えるものではなく、歓喜に震える明るい声に聞こえる。
「凄いです。さすがアシュレイ様です。いつからですか? おめでとうございます。よかった!」
感情のまま吐露される言葉は、憎々しげでも媚びるでも意に沿わないものでもなく、歓喜に溢れる素直なものだ。とにかく溢れる感情のままにといった、決して私を拒絶するものではなくて。
私はここにきてようやく信じられない現実が起きていることに気付いた。
ラナが私に飛びついて、私の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついているのだ。
しかもこれは喜びのあまりにとられた突発的な行動だ。
戦いに赴く若い騎士たちが、妻や恋人に見送られる時によく目にした光景。それが今、私の身に起きていた。
果たしてこれは現実なのだろうか?
信じられなくて指先でちょんと、彼女の腰のあたりに触れてみると柔らかな肌を感じた。反対の手でそお〜っと頭に触ると、指先が黒髪の中に入り込む。鼻を寄せたら私と同じ石鹸の匂い。
壊してはいけないとおっかなびっくり腕を回して囲い込めば、柔らかな女性の温もりを感じた。
ラナはこれほど小さくて柔らかかっただろうか。
少年の体では気づくことができなかったが、本来の自分と比べたらあまりにも小さくて柔らかい。
こんなにもか弱いのに、昨日は私を守るために魔物と対峙してくれた。
何の力もないか弱い女性が魔物の前に飛び出すのにどれほどの勇気が必要だったのだろうか。
そんな彼女だから今こうして私を恐れず、心から解呪を喜んでくれているのだ。
なんて素晴らしい女性なのか。まるで女神だ。
女性からの評判は悪くないとガウディは言うが、全て慰めだと思っていた。周りにいる貴族の女性たちの変わりようからしてまったく信じていなかった。
だがどうだ。
ラナは私に抱きついて、恐ろしい姿に成長した私に怯むことなく全身を使って喜んでくれている。
彼女が貴族女性ではないからだろうか?
いや、そんなことどうでもいい。ガウディの言うように評判は悪くないのだとしても、そんなことは少しも重要ではない。
ラナだ。とにかくラナなのだ。
私はラナさえいてくれたら、世界中の女性に疎まれようと一向に構わない。いや喜んで疎まれよう。
「ごめんラナ、嫌われるのが怖くてすぐに告白できなかった」
「嫌うわけがありません」
鼻をすする彼女は回していた腕を解いて離れていこうとする。そんな彼女を逃さないと腕に閉じ込めた。
「魔力補給と言い訳して君に不埒な真似をしてしまった。全ては君への好意から我慢できずにやってしまったことだ。どうか許してほしい」
「不埒だなんて。あれは必要なことだったんですよね」
「ああそうだ。少年の姿を保つため、この肉体を隠すために必要だったんだ」
「……え?」
何かに気づいたらしく腕の中の小さな彼女の体が一瞬で強張った。
「と、言うことは……」
大丈夫、私はラナの弱点を知っている。彼女の優しさにつけ込めば失う心配なんて皆無だ。
私のために身を投げ出してくれる女性なんて今後絶対に現れることはない。だから何があっても手放さないと覚悟を決めて、不埒な行いも隠さず告白した。
責めるならいくらでも責めてくれ。地にひれ伏してでも許しを請う覚悟だ。
「少年に手を出しちゃう悪い大人だってバレちゃってたってことですか!?」
いや、違う。そうじゃないよ。
私の愛しい人は素直すぎて悪い奴に利用される未来しかみえない。




