奇跡の人
黒尽くめの妖艶美女が動くと手にした錫杖がしゃらりと鳴る。コツンと先を床に着けると一歩を踏み出して、同時に縄で引かれるトゥーリも一歩前に出た。
縄でぐるぐる巻きにされたトゥーリはがっくりと肩を落として覇気がない。しおしおに萎んでしまっているようなそんな雰囲気だ。
赤い髪はボサボサで、肩のあたりから下腹部まで隙間なくぴっちりと縄で巻かれて、ミノムシのようになっていた。
「トゥーリさん?」
わたしはびっくりして瞳を瞬かせた。アシュレイ様も驚きのあまり固まっている。
「孫がとんでもない馬鹿をやらかしたとか。殿下とそちらのお嬢さんには多大な迷惑をかけたようで、本当にすまぬことをした」
妖艶美女が「申し訳なかった」と頭を下げる。さらにはトゥーリに繋がる縄を引いて「貴様も謝らぬか」とお尻を蹴飛ばした。
「ばぁちゃんやめてよ……」
お尻を蹴られたトゥーリは半泣きだけど……え? どういうこと?
トゥーリはこの妖艶美女の孫?
立ち居振る舞いからして妖艶美女には貫禄のようなものがあるけど、どう見てもトゥーリより若い。
「この人もトゥーリさんの呪いにかかってる?」
心の声が口から漏れると、側にいるアシュレイ様の肩がびくりと弾けた。
「さて。殿下の呪いをどのようにして解こうかと考えておったが、さすがは殿下といったところか。自力で解決できたようであっぱれなことだ」
え? 自力で解決?
どういうことなんだろうと首を傾げたら「老師!」と、アシュレイ様が焦りの声を上げた。
「これには理由が!」
「理由? まさか自身で気づいておらぬのか。殿下、安心されよ。あなた様の呪いは解かれているぞ」
口角を上げた妖艶美女が錫杖を鳴らすと、隣で「ぽんっ」と何かが弾ける音がしたかと思ったら。
アシュレイ様が消えて、代わりに野性味溢れる大きな男が現れた。
「なっ……、アシュレイ様はどこに!?」
突然現れた妖艶美女と大きな男性。びっくりすることばかりだが、なによりもアシュレイ様が消えてしまったことに焦りを覚えた。
「ガウディさん、アシュレイ様が!」
混乱したわたしはガウディを呼ぶ。
部屋の外にいたのかすぐに顔を見せてくれたけど、彼は少しも慌ててなくて、様子を確認しただけで何もしてくれなかった。
「お嬢さん。殿下ならほれ、目の前にいるではないか」
妖艶美女が顎で示した先はわたしの隣にいる大きな男性だった。
「いるって……え?」
突然どこからともなく現れた彼は銀色の髪に青い瞳をしていた。
引き締まった輪郭。厳しさのある顔つきは静かな威圧感がある。右のこめかみには火傷の跡。意志が強そうな眉。日焼けした肌に所々に走る古い傷跡は勲章のようで。
そしてなによりも大きな体を作り出している鋼のような肉体は、思わず見惚れてしまうほどに美しくて。戦神とはこういう人のことを言うのではないだろうか。
「え? でもまさか……」
見惚れているうちに彼の瞳がアシュレイ様と同じだと気付いた。
目の前の男性は眉間の影の影響で恐ろしい顔つきに見えてしまうけれど、深い湖の底のような瞳はアシュレイ様の色だし、この瞳をわたしはよく知っていた。
服は破裂しそうなほど体に密着して、大きな筋肉に押し上げられて荒々しさを感じるのにまったく少しも怖くない。
「まさかアシュレイ様?」
「すまない……」
低く沈んだその声は知らないはずなのに、どういうわけだか胸に響いて心地よく安心できた。
それはきっと、彼がアシュレイ様だからだろう。
「そんな……まさか」
こんなふうに突然だなんて思ってもいなかった。
大人のアシュレイ様にお会いすることができて嬉しい。
妖艶美女は自力で解いてあっぱれだと言っていた。ということは、アシュレイ様はわたしに頼ることなんてせずに、自分自身で解呪に成功したのだ。
なんて凄い。天使は神に愛されていたのだ。
嬉し過ぎて言葉にできない。感激で涙が溢れてしまった。
「ラナ……」
アシュレイ様の手が伸びてきて、触れる前に止まってしまう。筋肉に包まれた血管の浮いた腕に、わたしの指とは比べものにならないくらい太い指はごつごつして頼もしい。
天使のアシュレイ様は奇跡の美少年だったけど、大人のアシュレイ様も奇跡の人だ。




