ボンキュッボン登場
声変わり前の少年の声が遠くで聞こえる。必死なその声に意識が引っ張られて、だんだんと名前を呼ばれているのだなと分かるくらいに音が近づいていた。
「ラナ、起きてラナ!」
体を揺さぶられて目を開けると天使の如き顔の美少年がいた。
「アシュレイ様?」
「よかった。目覚めないかと思った……」
涙目になったアシュレイ様はホッとした表情になると、長く息を吐き出して「本当によかった」と繰り返した。
あれ? わたし何してたっけ?
「確かアシュレイ様と……」
解呪を試そうとしていたはず。途中まで上手くいっていたような、いってなかったような……。
あれ?
「もしかして途中で寝ちゃいました?」
えぇぇぇっ?
あんな凄いことをしていたのに途中で寝ちゃうとかあり得る? あり得ないよね?
いったいどうしちゃったんだろうと思っていたら「本当にごめん。私のせいなんだ」とアシュレイ様が平謝りしだした。
「まさか……また何日も目が覚めなかったとかですか?」
今度はいったい何日経ってしまったのだろう。一週間? 一ヶ月? まさか一年とかないよね!?
「違う、一晩しか経ってない。昨夜は魔法で眠らせたんだ。制御が上手くいかなかったようで私のせいだ。なかなか目覚めないから眠り続けるのではと恐ろしかった」
そうなのか。がーん。アシュレイ様はわたしと解呪をためすのがお嫌だったようだ。
いや、前のように長期間眠り続けたなんてことにならなくてよかったのだけど。
でも、でもね。
意を決して挑んだのになんてことなのか。
もちろんアシュレイ様の気持ちが一番だけど、拒絶されたとなるとそれはそれでショックだった。
それにしても呪ったり眠らせたり、魔法ってなんでもできるのね。
わたしは下げられたアシュレイ様の頭をなでる。
「謝らなくても大丈夫ですよ。悪いのは強引に誘ったわたしですから」
「ラナは何も悪くない」
眉を下げて瞳を潤ませる美少年、破壊力は抜群だ。可愛すぎて悶えそうになるけど、解呪に挑めなかったことに関してはとても不安だった。
「今後について、トゥーリさんに相談することはできるのでしょうか?」
「トゥーリに?」
アシュレイ様は首を傾げて「どうして」と問う。
「アシュレイ様に何かあってからじゃ遅いです。他の解呪法を探してもらいましょう」
「あ、いや。その……」
アシュレイ様の青い瞳が左右に忙しなく走る。口籠ったアシュレイ様だったけど、意を決したかに顔を上げて視線を合わせた。
「解呪は必要ないんだ」
「え?」
必要ないってどういうこと?
まさかっ昨夜のせいで心に傷を受けたとか!?
「そうですよねっ、嫌ですよね。魔力の受け渡しも仕方なくですものね。好きでもない相手とあんな破廉恥なこと嫌に決まってます。あぁぁぁっ、わたしは幼気なアシュレイ様になんてことを!」
アシュレイ様のためといいながら、わたし自身がアシュレイ様に邪な気持ちを持っていなかったかと問われたら、絶対にないとは言いきれない。
だってこんなに可愛くて愛しい庇護欲そそられる美少年なんだもの。さらには凛々しく勇敢に戦って守ってくれた。相手が年下の美少年でもキュンとしてときめいてしまう。
再度危険な目に遭う前に本来の姿を取り戻して欲しい。万全でいて欲しいとの気持ちに嘘はない。
でも現実にアシュレイ様はとっても素敵な誰もが憧れる王子様なのだ。昨夜は倫理観をどっかにやっちゃっていたような気もする。
とんでもないことをしたと頭を抱えた。
どんな理由があろうと大人として間違っていたのだ。アシュレイ様の顔が見れなくて顔をシーツに押しつけた。
「ごめんなさい。トゥーリさんに相談して他の解呪法を探してもらいます。本当にごめんなさい!」
「違う、ラナは少しも悪くないんだ。どうか私の話を聞いてほしい!」
「大事な話なんだ」と肩をつかまれた。
わたしは真剣な青い瞳に囚われて言葉を飲み込んだ。アシュレイ様はとても辛そうに眉間に皺を寄せていたけど、まるで何かを断ち切るように目を閉じて。再び開かれたその瞳はとても綺麗な輝きを放っていて見惚れてしまうほどだ。
「君の憂いは全て私のせいだ。すまない。実は……」
アシュレイ様が話始めたところで、なんの前触れもなく突然扉が勢いよく開かれる。
二人してびくりと体を弾かせて視線を向けると、闇夜のようにどこまでも暗い髪と瞳をした妖艶な美女が立っていた。
「敵に襲われたと聞き急ぎ参ったが無事であったか」
美女の漆黒の瞳はアシュレイ様に向けられていた。アシュレイ様は驚いたまま「老師……」と呟く。
「老師?」
どう見ても二十代半ばの妖艶な美女に老師?
見事なボンキュッボンの体に沿う、金糸の刺繍が施された詰め襟の黒い制服を着こなす美女。
そんな彼女の右手には太い縄が握られていて、その先には縄でぐるぐる巻にされたトゥーリが憔悴した様で繋がれていた。




