解呪の誘惑(アシュレイ)
私は自身の鍛え上げた逞しい体つきを気に入っていた。初めて深い傷がついたときは勲章のように感じられたものだ。
成長に合わせて強くなり体や顔つきが変化するとともに、言い寄っていた女性たちは手のひらを返していく。その様に「なるほど、女性とはそういうものなのか」と納得し、残念に感じることなんてほんの少しもなかった。どちらかといえば煩わしさがなくなって開放感に包まれ心が軽くなったものだ。
なのにラナから手のひらを返されるのが怖い。
恐らくトゥーリに頼めば傷跡は消してくれるだろう。彼女は凡人には理解しがたい思考回路をしているが、仲間と認めた者の願いは二つ返事で了承してくれるから。
今回の呪いも私を思ってのことだ。結果ラナを巻き込むことになったが、お陰で私はラナに出会えた。
だがトゥーリに傷を消してもらっても、畏怖させる肉体や表情はどうしょうもない。さらには解呪されたことを隠して己の欲望を優先させてしまった最低な男だ。少年の姿ならともかく、戻ったら好かれる要素が何一つ見当たらなかった。
私の想いをトゥーリが知ったら面倒なことになるだろう。次は私を拒絶するラナに呪いをかけるに決まっている。
さすがにそれは嫌だ。
嫌われるのも汚いもの見る目を向けられるのも顔を顰められるのも嫌だが、呪いでラナを手に入れるのは何よりも絶対に嫌だ。呪いで得られる想いなど偽物だ。
でもしかし……と、ラナに嫌われるのが怖い私はどうしても真実が言えず、自分に言い訳ばかりしていた。
なにかと理由を付けてラナとの接触を試みている。欲望に勝てない我が身が情けなくて辛い。
反省しつつも、ラナの柔らかな体を堪能しながら地上に舞い戻った。
飛行魔法の浮遊感に驚くラナは必死でしがみついてきて可愛らしい。本当は抱きつかなくても浮遊させることができるのは秘密だ。いずればれたなら、少年の能力では別々に浮遊させることができなかったと言い訳するつもりだ。
……なんて姑息な。
ラナを知らない頃の私では想像ができないほど悪い大人になっていた。恋とはなんて恐ろしいものなのか。
地上に出るとガウディが待ち構えていた。ラナは地に足がついた途端に離れてしまう。
「ラナ殿、怪我はありませんか?」
ガウディが私をちらっと見るだけで無事を確認しないのは、解呪されたことを理解しているからだろう。
「アシュレイ様の大活躍で無事です。ガウディさんは?」
「私も怪我はありません。敵は穴に潜ったもの以外、みな片付けましたので安心してください」
「全部ですか?」
「ええ、そうですよ」
「すごい……」
ラナの称賛を受けながらガウディの視線が私へと流れる。何か言いたいようだが、今は無言を貫いてくれるようだ。
「ラナ、こんな目に遭わせてごめん」
ガウディに羨望の眼差しを向けるラナの手をぎゅっと握り、私に意識を向けさせる。
「怖かったですけどみんなが無事でよかったです。守ってくれてありがとうございました。でも敵がどこかに隠れているかもしれません。どうか気をつけてください」
私の手を取ってぎゅっと握りしめたラナの瞳は、私を守るとの決意に満ちている。本当は言いたくなかったが「安心して。ガウディが言うなら敵はいないよ」と、安全であることを告げた。
屋敷に戻り「一日中地下に潜って冷えているから」と風呂をすすめると、ラナは素直に従って浴室に消える。
扉が閉じるのを見届けた私は、地上に戻ってからずっと後頭部に感じていた視線に応えるために意を決して振り返った。
「解呪を狙って隠しているのではないからな!」
兜を脱いだガウディは「殿下がそのようなお方でないのは分かっています」と、盛大に溜息を吐いた。
「ただ殿下の性格上、隠している時間が長くなればなるほど事実を告げられなくなります。思い悩まれるのではと案じているのです」
ガウディの言葉に嘘はないだろう。何しろ私は幼いころから女性に追い回されたせいで、この年齢になっても浮いた噂の一つもなかったのだ。唯一あるのは婚約者の存在だった。それもめでたく解消になった。
そんな私がラナに恋をしたのだ。幼いころから側にいるガウディには一目瞭然だっただろう。
私は今の自分が情けなくて項垂れる。ガウディの予想どおりすでに思い悩んでいた。
「ラナが愛しくてたまらない。今まで出会ったどの女性とも違って可愛くてたまらないんだ。なぜあんなにも可愛いのだろう」
「それは殿下が彼女に恋をしているからでしょう」
「確かにそうだろうが、ラナは可愛い。お前には可愛く見えないのか?」
ガウディとラナが互いに興味を持ちあうのは嫌だが、どこからどう見ても可愛いラナが可愛くないと思われるのも嫌だった。
「愛らしいと思いますが、殿下のような心の動きは致しません。私には愛しい妻がおりますから。この気持ち、今の殿下にならご理解いただけるかと」
この年になって初めて感じた女性に対する愛しいとの気持ち。これまでに出会ったどの女性にも感じなかった気持ちだ。うん、確かに理解できる。
「大切な人に嘘は良くありません。こじれたら取り返しがつかなくなります」
「その通りだな。分かった、彼女に伝える。まずは誠心誠意謝罪する」
「たいへんよろしいと思います」
ガウディの言うとおりだ。指摘されてようやく素直に告白する勇気が湧いた。
嫌われるのも嫌だが、こじれて取り返しがつかなくなっては最悪だ。
トゥーリならともかく、妻を得ている年上のガウディが言うのだから間違いないだろう。
なのに……。
「アシュレイ様、もしよければ今夜も一緒に寝ませんか? 急なのですが……その……トゥーリさんに教えられた解呪を試せたらと。もし嫌だったらすぐに止めますし、わたし自身もできるかどうか分からないのですけどっ。あの……いかがでしょうか?」
と誘われて思わず無言で頷いてしまった。
いや、勿論トゥーリが指定した解呪を試すつもりなんてないから!




