夢の終わり(アシュレイ)
地底に住処をもつ巨大な魔物。見た目と生態はモグラそのもので、地面に穴を掘って落ちてくる獲物を待っている。
その対象は人を含む大型の獣で、鋭い牙と爪が特徴的ではあるが、闇さえ克服すれば比較的楽に倒せる魔物でもあった。
サラが吐く炎の助けもあって、私からすると準備運動程度の相手でしかない。
なのにそうとは知らないラナは私を心配してくれる。
本当は身も心も元に戻っているのに、彼女は気づかず褒め称えてくれる。さらには私の身を案じて、「アシュレイ様よりずっと大人なのに何もできなくて恥ずかしいです」と自分を悔いていた。
申し訳なく思う。けれど本来の姿を晒す勇気がどうしても持てなかった。
中身が成長していることには気づかれていたが、大人に達しているとは思っていないようだ。これも少年の見た目のお陰だろう。
私は呪いに関する会話を誤魔化しつつ洞穴を進んだ。
ラナと二人きりの洞穴は私にとって楽園だ。いつまでもここにいたい気持ちになるが、「お腹が空いた」との言葉にはっとした。
戦いの場で補給ができないことなんてごく当たり前過ぎてすっかり忘れていた。
私はともかくラナはか弱い女性だ。戦いの場に身を置くような経験もない、町で教師をしていた普通の女性。
飲まず食わずで長時間過ごさせることはできない。仕方がないが二人の時間は終了だ。
ラナの手を引いて地上を目指す。最後にもう一度、魔力補給を理由に唇を味わいたかったが、運悪くモグラに遭遇しなかったのでさすがに怪しまれるだろう。
そこで洞穴から抜け出すのにラナでは壁を登ることはできないことに思い至った。
元の姿の私なら背負って抜け出せるが、運良く今は少年の姿をしている。穏便に済ませるためには飛行魔法を使うべきだろう。そうしたら一気に魔力が減る。地上に出たら補給の理由ができることに沈みかけた気持ちが浮上した。
私は自分の見た目に自信がない。幼い頃から天使と比喩される見た目をしていたのは認める。けれど戦いの道を選んだ私は、周囲が驚くべき成長を遂げたのだ。
自ら婚約者にと望んでおいて私を拒絶したサフィラスに非難が集まるのは当然だ。しかしサフィラスの態度も理解できる。
私の見た目に惚れた彼女に、大人になった私の姿は詐欺に等しかった。
戦いに身を置いた私には才能があった。ガウディの指導が良かったのもあるが、困難であればあるほど力を発揮できた。
無茶なトゥーリのせいで幾度となく命の危険に晒されたが生き残り、お陰で私の姿を見るだけで敵は逃げ出すようにまでなっていた。
そう、成人した私は幼い頃の見る影のない、悪鬼のような姿をしている。
細くなよなよした体は縦にも横にも大きくなった。柔らかな皮膚や脂肪は失われ、硬い筋肉と強い皮膚に覆われている。
体中に傷もあって、こめかみには魔物の毒にやられて治療不可能な火傷の痕まであるのだ。
敵や魔物と戦う中で身体に傷がつくことなんてなんとも思わなかった。すぐに魔法による治療を受けたら消えるのに、子供の頃とはかけ離れた外見になるにつれて、女性絡みの面倒が減ることに安堵を覚えたものだ。
そんな中で呪いを受けてラナに出会った。
ラナは少年の姿を気に入ってくれていた。この姿ならなんでも許してしまうほど気に入ってくれていると思う。
だからこそ大人の私を晒すのが怖くなってしまった。美しいと評判だった少年が傷だらけの巨大な筋肉ダルマに成り代わるのだ。
きっと触れられることにも恐れを抱くだろう。今のように触れることもできなくなる可能性がある。か弱い彼女を強く抱きしめたなら骨を砕く自信しかなかった。
呪いが解けたら夢の時間は終わりを告げる。
みてくれなんてどうでも良かったのに、ラナに出会ってどうでもよくはなくなった。
彼女の瞳に恐れの色が浮かぶ瞬間を想像すると、どうしても本当のことが言えなくなってしまう。
「ラナ、今から飛行魔法で上に戻るよ。落ちるといけないからしっかり抱きついていて」
「飛行魔法ですか!?」
落ちる時も使ったのだが気づいていなかったようだ。空を自在に飛び回れるわけじゃないが、この程度の高さならラナを抱えても問題ない。
「強いし魔法も得意だし。アシュレイ様はなんでもできちゃうんですね」
「なんでもじゃないよ。ってラナ、どうかした?」
ラナは不安そうに眉を寄せていた。なんとも愛らしい表情だ。心配になってラナの頬に触れる。するとその頬はほんのりと赤く染まった。
「いえ、なんでもありません。地上に戻ったら美味しいものをたくさん作りますね」
「ありがとう。私も手伝うよ」
ラナとの普通の生活。振り返るとまるで夢のような時間だった。
「手放したくないな」
思わず本音が漏れてしまう。「え?」とラナの視線が絡むが、秘密を隠して不埒な行為を強制させている後ろめたさや、罪の意識に苛まれて視線を逸らした。
「行こう、ガウディが待っている」
ラナの意識がガウディに向くだけで嫉妬してしまうのに、心を見透かされたくなくて敢えてヤツの名を口にした。
そうして私とラナは日が沈んで闇に染まる地上に舞い戻った。




