SS1_武人ドラグの敗北と甘味の奇跡(ドラグ視点)
我が名はドラグ。天空都市アエログラドを守護する竜騎士団の隊長である。
数百年の長きにわたり、我ら竜人族は飛竜と共に蒼穹の空を駆け、都市の平和を守り続けてきた。
武を尊び、厳しい訓練を重ね、干し肉と強い酒を糧として生きる武人――それが我ら竜騎士の生き様だ。
だが、あの日の午後の出来事は、我が人生の根底を激しく揺るがすこととなった。
雲海を割って突如として現れた、七色の金属光沢を放つ謎の「空飛ぶ陸の船」。
不審船と断定した我らは、飛竜槍を構えて威嚇し、降り立つよう命じた。
「不審船め、降伏せよ!」
そう叫んだ直後のことだ。
謎の船から、とんでもないものが吐き出された。
車体の上部から、大空へ向かって噴出された甘く香ばしい「匂いの風」。
香ばしい焼き立ての卵とバニラの甘い香り、そして鼻腔を抜ける爽やかで清らかな幻想的な芳香。
戦いしか知らぬ我ら竜騎士と飛竜たちの鼻を、その匂いはダイレクトに直撃した。
(ぐ、ぬぬぬ……っ!? な、何なのだこの匂いは……っ! 脳が……脳が痺れるほどに甘く、美味そうな匂いだぞ……っ!)
グゥゥゥゥ……ッ!!
恥ずかしくも、我のお腹が雷のような音を立てて空に響き渡った。
部下たちの前で赤面する我に対し、船から現れた清らかな聖女のような娘が、湯気を立てる皿を差し出してきたのだ。
『冷めないうちにどうぞ召し上がってください』
毒殺の罠だと警戒しながらも、匂いの誘惑に耐えかね、目を瞑ってフォークを突き立てた。
シュワッ。
指先に伝わる、まるで空の雲を触っているかのような圧倒的なフワフワ感。
そして口に運んだ瞬間――我が世界は砕け散った。
(な、なんだこれは……っ! 噛む必要すらない……っ! 口に入れた瞬間にシュワリと儚く溶けて消えていく……っ!!)
広がる濃厚なホイップクリームと、甘いメープルシロップの暴力的なまでの幸福感。
(美味い……美味すぎる……っ! こんな、こんな優しく甘い食べ物がこの世に存在していいのか……っ!)
気づけば、我は目頭からボロボロと大きな涙をこぼし、我を忘れて夢中で二口、三口とパンケーキを頬張っていた。
「ドラグ隊長! 隊長が泣いておられるぞ!?」
「静かにしろ! 隊長は今、至高の試練と戦っておられるのだ!」
部下たちの声も耳に入らぬほど、我は感動に震えていた。
武人としての誇りも、頑固な警戒心も、そのシュワッと溶ける甘味の前には塵同然。
我ら竜騎士団は、地上から来た旅人が作るひと皿のパンケーキの前に、完全にして鮮やかに敗北したのだった。




