SS: 高慢な弓手の崩壊(シルフィ視点)
我が名はシルフィ。神聖なる世界樹の森を守護する警備隊長である。
我らエルフは、数千年の歴史と高い精神性を持つ高潔な種族だ。
浅はかで強欲、森を切り拓いては汚す人間という種族を、私は心の底から見下し、警戒していた。
あの日、森の入口に現れた『ログハウス』のような巨大な木箱。
あれに乗って現れた人間どもを、私は即刻排除するつもりだった。樹上から鋭い警戒の矢を放ち、去らねば射抜くと威嚇したのだ。
だが――人間どもは争う様子も見せず、ただ静かに木箱の中に引きこもった。
降伏したのだと高をくくっていた私を待っていたのは、想像を絶する『テロ』であった。
木箱のダクトから流れてきた、あの尋常ではない匂い。
香ばしく焼き上がる小麦の匂いと、熱で溶けた芳醇なバターの重厚な香り。
木々と澄んだ空気の匂いしか知らない私の鼻腔を、その未知の快楽が暴力的に揺さぶった。
グゥゥゥゥ……ッ。
静寂な森に響き渡ったのは、他でもない私自身の恥ずべき腹の音だ。
部下たちの手前、私は必死で弓を構え続けたが、涙目になるのを抑えきれなかった。
そこへ現れたのが、聖女と名乗るおっとりとした人間の女性だった。
彼女が笑顔で差し出してきたのは、黄金色に輝く三日月型のパン――『クロワッサン』と、世界樹の果実を煮詰めたというルビー色のジャム。
毒殺を疑いながらも、匂いに耐えかねて一口かじった瞬間、私の世界は崩壊した。
サクッ……じゅわぁぁ……。
口の中で繊細な生地が幾重にも解け、濃厚なバターのコクと、甘酸っぱいジャムの奇跡的な調和が広がる。
あんなにも香ばしく、あんなにも美味しい食べ物が、この世に存在するなど信じられなかった。
一口食べるごとに、私の誇りと高慢さは木っ端微塵に砕け散り、気づけば私はボロボロと涙をこぼしながら、夢中でパンを貪っていたのだ。
その後、彼らは森に『パンカフェ』を開き、世界樹を脅かす邪悪な寄生魔樹を驚異的な力で浄化してみせた。
車体を樹上に這わせ、巨大な光の壁と豊かなスープで大樹を救うその姿は、まるで森の守護神のようだった。
彼らが旅立った今も、私の口の中にはあの焼きたてパンの香ばしい記憶が消えない。
「べ、別に寂しくなんてありませんからね!……でも、また……あの美味しいパンを焼きに来なさいよね、ユウ……」
木もれ陽の射す樹上で、私は弓を握り直しながら、去りゆく木箱の余韻を静かに噛みしめていた。




