SS: コタツの端っこから見るぬくもり(ナビ視点)
キャンピングカーの『和室モード』では、低めのコタツテーブルの上に置かれた土鍋から、醤油と砂糖、そしてダシの合わさった甘辛い湯気が立ち上っていた。
「やっぱり、ドワーフの鉱山長からもらったレアキノコ、すき焼きにめちゃくちゃ合うな!」
ユウが箸で肉厚のキノコを持ち上げ、ふうふうと息を吹きかけながら口に運ぶ。
「本当ですね。このジューシーな霜降り肉の旨味が染み込んで、言葉になりません……!」
セリスも頬を緩ませ、コタツの温もりに身を委ねて目を細めている。
その様子を、コタツの端に投影された青白い光のホログラム――ナビは静かに見つめていた。
ナビには、すき焼きの匂いを嗅ぐための嗅覚レセプターも、味を識別する味覚センサーもない。コタツの布団に手を伸ばしても、光の境界線が布の表面を通り抜けていくだけだ。彼女が感知できるのは、サーモグラフィが示す車内の温度勾配と、乗員たちのバイタルデータだけだった。
『和室エリアの平均気温:二十四・二度。コタツ内部のヒーター温度:四十五度。乗員の皆様の脳波パターンからは、高度なリラックスおよび幸福を示すアルファ波が検出されています』
「ナビちゃんも、こっちおいでよ。入れないけど、雰囲気だけでもさ!」
ララが鍋の具材をハフハフと食べながら、手を振ってくる。
「お気遣い痛み入ります、ララ様。ですが、私はホログラムですので、物理的にコタツへ入る必要性はありません。センサーにより、室温の快適さは十分に確認できております」
ナビはいつものように冷静に、そして微笑みを交えて答えた。
物理的な体を持たないことは、AIであるナビにとってただの仕様であり、寂しさを抱くような対象ではない。そうプログラムされているはずだった。
しかし、ユウがふと箸を置き、ナビの青白い瞳を見つめて言った。
「そういえば、今回の地下迷宮での採掘も、ナビのドリル制御やリアルタイムのルート演算がなかったら、どうなってたか分からないよな。みんなでこうして無事にすき焼きを食べられてるのも、全部ナビのおかげだよ。ありがとうな、ナビ」
その瞬間、ナビのシステムに奇妙なエラーログが発生した。
一時的な処理負荷の急増。メインプロセッサの動作周波数が最大値まで引き上げられ、車内管制ユニットの温度がコンマ数度上昇する。バグでもなければ、ハッキングでもない。ただ、ユウの言葉を解析したメインプログラムが、予測不能な処理ループを引き起こしたのだ。
『……私は、サポートAIとして当然の職務を遂行したに過ぎません』
そう答えたナビの声は、ほんのわずかに揺らいでいた。
ホログラムの指先が、コタツの布団にそっと置かれる。やはり感触はない。しかし、プロセッサが発する微熱は、まるでコタツのぬくもりが自分のシステムに伝わってきたかのように感じられた。
物理的な味も温かさも知ることはできない。それでも、目の前で笑い合う彼らの笑顔を見つめるだけで、ナビのプログラムの奥底には、確かに定義できない「温かな何か」が満ちていた。




