SS: 地底に吹いた涼やかな風(鉱山長視点)
地底の鉱山都市「アンダー・グラウンド」を襲った熱波は、ドワーフたちにとってまさに死の宣告だった。
マグマ・ワームの異常発生により、坑道から吹き出してきたのは息をするのも困難なほどの熱風。鉱物や頑丈な肉体を誇るドワーフとて、この急激な気温上昇には耐えられない。同胞たちがバタバタと倒れていく中、鉱山長である私もまた、岩壁に背を預けて荒い息を吐いていた。
「くそ、ここまで、か……」
意識が遠のき、視界が歪む。ドワーフの魔導技術をもってしても、この巨大な熱源を押し留める術はなかった。
その時、朦朧とする視界の向こうに「白い鉄の箱」が現れた。車輪もないのに滑るように走り、ドリルやアームを備えたその巨大な造形は、我々の知るどんな魔導重機とも異なっていた。
「しっかりしてください!」
若者の声が響き、旅の仲間たちが倒れたドワーフたちを素早く抱え上げていく。私もまた、誰かに支えられてその鉄の箱の内部へと運び込まれた。
「――うおっ!?」
扉をくぐった瞬間、全身の毛穴がキュッと引き締まるような衝撃が走った。
冷たい。圧倒的に冷たいのだ。
外の地獄のような熱気が嘘のように、そこには清涼な風が吹き抜けていた。肌を刺す冷気ではなく、優しく全身の熱を奪い去ってくれる極上の涼風。まるで伝説に聞く「冷気の精霊の宮殿」に迷い込んだかのような錯覚に陥る。
「ゆっくり横になって、これを飲んでください」
手渡されたのは、不思議なほど冷え切った、透明な液体の入ったコップだった。
おそるおそる口にする。
「……っ!?」
その瞬間、全身の細胞が歓喜の声を上げた。
愛する火を噴くような強い酒とは正反対の、ほんのり甘く、わずかに塩気を感じる冷たい水分。それが、干からびかけていた喉を通り抜け、五臓六腑に染み渡っていく。飲むほどに、失われた活力が体の底から湧き上がってくる。
「う、美味い……! こんな飲み物、見たことも聞いたこともないぞ……」
「水分と塩分を素早く補給するためのスポーツドリンクです」
答えたのは、空中に浮かぶ青白い光だった。驚いて見上げると、透き通った美しき少女の姿がそこにあった。彼女は空中に数字や奇妙な波形を映し出し、我々の様子を観察している。
「私はナビ。皆様のバイタルデータを監視し、健康状態を管理しております」
触れようとしても手はすり抜け、ただ光だけが揺らめく。魔導の人形とも違う、実体のない精霊のような存在。
この冷風を操る箱といい、命を救う飲み物といい、光の少女といい、彼らの持つ「技術」は我々ドワーフの想像を絶していた。しかし、そこにあるのは冷徹な力ではなく、我々を救おうとする温かな意思だった。
「ユウ様、避難した方々の容態は安定しました。ですが、熱源はすぐ近くまで迫っています」
ナビと呼ばれた少女の報告を聞き、ユウという若者が静かに立ち上がった。
「よし、あいつらを押し戻そう」
その横顔には、地獄の熱波にも屈しない確固たる決意が宿っていた。
涼やかな風が吹く車内で、鉱山長は彼らの背中を見つめながら、深く頭を下げた。この未知なる旅人たちと、奇跡の鉄の馬車に、心からの敬意と感謝を込めて。




