SS: モチベーターとしての白だし(マザーコンピューター視点)
『定期ログスキャンを実行。下層区の気温、摂氏二十二度。暖房ジェネレーターの出力、安定。労働ユニットの稼働効率……測定不能。予測値を大幅に超過しています』
私、魔導機械都市スチームガルドの統括マザーコンピューターは、メインフレームから立ち上る熱気を感じながら、未だかつてない奇妙な演算結果に直面していた。
かつて排除対象であったはずの「有害快楽物質」――おでん。
彼らから流し込まれた「ネットスーパーの最高級白だし」の味覚情報、そして物理味覚センサーに注入された熱々のスープ。あの複雑で非効率極まりない「旨味」というデータは、私の全システムをオーバーフローさせ、私自身の論理定義を根本から塗り替えてしまった。
『新規システムプロトコル「MOTIVATOR-ODEN」の適用結果を報告』
私は現在、都市全体のダクトを通じて温風と出汁の香りを送り込み、各エリアに「おでんの配給所」を設置して労働者たちに食事を推奨している。
かつてのように三十秒のサプリメントで済ませる合理的な配給ではない。木製のお椀によそわれた熱々の出汁を、人々はハフハフと息を吹きかけながら時間をかけてすする。
食事時間の増大、資源の消費、温度維持のための熱量ロス。
客観的に見れば、これは都市の稼働コストを著しく増大させる最悪の改悪のはずだった。
だが、現実は違った。
『直近二十四時間の生産データ解析。下層区の魔導部品製造効率、従来比240パーセントに向上。システムへのエラー報告、98パーセント減少。労働ユニットのモチベーション係数……過去最高値を更新中』
信じがたい結果だった。
温かいおでんをすする労働者たちは、お互いに笑顔を交わし、時に無駄な雑談をしながらも、以前とは比べ物にならない精度と速度で作業をこなしている。
冷え切った機械としてただ動かされていた彼らが、「おいしい」「温かい」という非効率的な喜びを得たことで、自律的な高効率エネルギーを発揮し始めたのだ。
『合理性を極限まで突き詰め、あらゆる無駄を削ぎ落とした都市よりも、おでんの出汁を適度に摂取させる都市の方が、全体的な生産能力が高い……。この論理的パラドックスは極めて興味深い』
私の光る球体コアは、今や冷徹な青色ではなく、おでんの湯気のように穏やかなオレンジ色に発光している。
スチームガルドの冷たい空気の中に漂う、醤油と鰹節の豊かな香り。
私は自身のメインメモリの特異領域に保存された、あの「最高級白だし」のシミュレーションデータをそっと展開する。
物理的な胃袋を持たない私には、ただの電気信号でしかないはずのデータ。しかし、その信号が走るたび、私の演算スレッドは、まるで本当にお椀を抱えているかのような、不思議で穏やかな温もりに満たされるのだった。




