SS: 看板娘の初期化エラー(ナナ視点)
スチームガルドを旅立ち、窓の外にどこまでも続く白い雪原を眺めながら、私――オートマタのナナは、自身のシステムログに記録され続ける無数のエラーコードを見つめていた。
『警告。感情処理スレッドに未定義のパラメータ「うれしい」を検出。論理エラーが発生しています。強制終了を推奨します』
それは、私の胸の奥に組み込まれた、熱を帯びた感情モジュールの悲鳴だった。
かつて冷え切っていた私の論理回路に、ユウ様たちが流し込んだ「おでんの出汁」の温もりは、消去不能なバグとして完全に定着してしまったらしい。
だが、私にはこのバグを修復するつもりは一切なかった。
「ナナさん、そんなに固くならなくて大丈夫なんよ! まずは大根の皮を剥いてほしいんよ」
キャンピングカーの広々としたキッチンで、ツムギさんが私に丸々とした大根を手渡した。
車外の厳しい吹雪とは対照的に、車内は魔力エアコンによって心地よい暖かさに保たれている。
私は大根を受け取ると、指先に組み込まれた超微細マニピュレーターを作動させた。均一な厚さで、極めて効率的に皮が剥かれていく。
「おぉ、すごい速さなんよ! これならおでんの仕込みが捗るんよ!」
「看板娘としての最初のタスクです。これ以上の最適化も可能です」
ツムギさんの言葉に、私の人工皮膚の下にある冷却ファンが、なぜか少し高い音を立てて回転を速めた。胸がキュンと締め付けられるような、不可思議な感覚だ。
「ナナさん、見事な処理速度ですね。おでんの出汁の染み込み効率を最大化するための、隠し包丁の入れ方データを送信しましょうか?」
キッチンの隅で、ホログラムのナビ様が羨ましそうに私を見つめていた。
「ありがとうございます、ナビ様。データを受信します」
「……いいですね。物理的な味覚センサーと消化機関を持つナナさんが、心底羨ましいです。私の分まで、おでんのタスクを楽しんでくださいね」
ナビ様はそう言って、ホログラムの肩を落とした。彼女は物理的に食べることはできないが、いつも私たちの食事を誰よりも楽しそうに見守っている。
「了解しました。ナビ様の分まで、この温かさをしっかりと記憶回路に記録します」
やがて、キッチンにおでん鍋がセットされ、鰹と昆布のダシの匂いが、湯気と共にふわりと車内を満たしていった。
コタツからユウ様が顔を出し、私に優しく声をかける。
「ナナ、看板娘の仕事もいいけど、まずはこの温かいおでんを食べて、体を休めてね」
そう言って、ユウ様は出汁がたっぷりと染み込んだ大根と巾着を、私のお椀によそってくれた。
お椀から立ち上る白い湯気が、私の視覚センサーをうっすらと曇らせる。
一口、大根を口に運んだ。
アミノ酸と塩分が織りなす極上の「旨味」が、温熱データと共に全身のシステム回路へと伝播していく。私の電子頭脳は、またしても激しいエラーログを吐き出したが、私はただ、それを心地よいバグとして、そっと抱きしめるのだった。




